泌尿器科医 三輪好生氏

 骨盤臓器脱は腟(ちつ)から子宮や膀胱(ぼうこう)、直腸などの臓器が脱出してくる病気で、多くの中高年女性の身体的な負担となっています。この病気については羞恥心から人前で語られることが少ないため認知度は低く、比較的まれな病気と思われがちですが、実は決して珍しい病気ではありません。スウェーデンの疫学調査では出産経験のある女性の44%に骨盤臓器脱を認めたと報告されています。また日本での最新の調査では、検診を受けた女性の約17%に骨盤臓器脱を認めたと報告されています。

 骨盤臓器脱でよく見られる症状は、陰部の下がった感じ、何かが挟まっている感じ、下腹部の突っ張り感などで、姿勢が悪くなり腰痛の原因にもなります。最初はお風呂やトイレでピンポン球のようなものに触れて気付くことが多いようです。

 午前中は気にならなくても午後から夕方にかけて徐々に症状が悪化します。排尿に関するトラブルも多く、尿が出にくい時には出てきている臓器を手で押し戻す必要があります。また、急な尿意でトイレに間に合わない過活動膀胱や、咳(せき)やくしゃみ、運動などで漏れる腹圧性尿失禁を伴うことも多いです。

 骨盤臓器脱は、骨盤の底の部分を支えている骨盤底筋が緩んでぐらつき、骨盤底の支えが不安定になることが原因とされています。骨盤底が不安定になると臓器をつなぎ留めていた靭帯(じんたい)や筋膜も緩んでしまい、臓器が徐々に下垂し骨盤臓器脱となります。

 骨盤底筋が緩む代表的な原因は妊娠、出産です。そのほか閉経による女性ホルモンの低下や加齢に伴う筋力の低下、肥満や長時間の立ち仕事、力仕事など骨盤底に持続的な腹圧のかかる状態、便秘や慢性の咳など極度の腹圧のかかる状態も骨盤底筋が緩みやすくなる原因といわれています。

 骨盤臓器脱が重症化した場合、根治治療は手術療法になります。手術には、子宮を摘出する手術や緩んだ膣の壁を縫い縮める手術、弱った筋膜や靭帯をメッシュで補強する手術などがあります。最近ではロボット支援による腹腔鏡手術も保険診療で受けることが可能になりました。それぞれの手術に長所と短所がありますので、違いをよく知った上で、自分に一番合った治療法を選ぶべきです。

 手術は希望せず症状の軽減を希望する場合はペッサリーというゴム製のリングを膣内に挿入して臓器を整復する方法もあります。しかし持続的に入れておくと痛みや出血、おりものが増えるなどのトラブルも起こりやすいため産婦人科への定期通院が必要になります。最近はリングのトラブルを減らすために、コンタクトレンズのように夜間は自分で外しておくペッサリーの自己着脱を勧めている病院もあります。

 骨盤臓器脱は軽症であれば骨盤底筋トレーニングや骨盤への負担を軽減するような日常生活のケアを行うことで症状を和らげることができ、悪化の予防効果もあるとされています。骨盤底筋トレーニングは独学で続けることは難しく、専門のトレーナーの下で3カ月間、正しい方法で継続できた場合に初めて効果を実感できるといわれています。悪化予防としては強い腹圧のかかる生活スタイルや肥満などに対し、ダイエットや便秘治療、生活習慣の見直しが重要といえます。

 骨盤臓器脱は女性の膣や子宮に関係した病気ですが、膀胱にも深く関係し、排尿の問題も多く抱えているので、治療には産婦人科と泌尿器科の両方に関わってもらえると安心です。骨盤臓器脱は人に相談しにくいため、一人で悩んでいることが多いようですが、最近は泌尿器科医、産婦人科医に加えて看護師、理学療法士などが協力して診療を行う専門の施設もあるので一度相談してみることをお勧めします。

(岐阜赤十字病院泌尿器科部長、ウロギネセンター長)