タニノタビトで岐阜金賞も制覇し、「東海3冠」ジョッキーに輝いた岡部誠騎手

 ゴールで歓喜のガッツポーズを見せた岡部誠騎手(45)。タニノタビト(牡3歳、角田輝也厩舎) に騎乗し、史上5頭目となる「東海3冠馬」が誕生した瞬間だった。自らも3冠ジョッキーとなり、「僕、3月3日生まれですし」と3本の指を立てながら満面の笑みを見せた。

 8月25日、笠松競馬場で行われた3歳重賞「第46回岐阜金賞」(SPⅠ、1900メートル)は東海公営3歳クラシック戦で、駿蹄賞、東海ダービーに続く最後の1冠。昨年は不祥事で中止になり、2年ぶり開催となった。渡辺竜也騎手騎乗の地元馬イイネイイネイイネ(牡3歳、田口輝彦厩舎)が単勝2.1倍の1番人気、タニノタビトが2.4倍の2番人気。笠松、名古屋の3歳両雄、リーディングジョッキーによる一騎打ちムードが充満。2コーナー近くの発走地点でファンファーレが高らかに鳴り響くと、ファンから大きな拍手が送られた。

岐阜金賞1周目のゴール前。ナンジャモンジャを先頭に、上位に入った3頭も先団を形成した

 単騎の逃げ馬はいなく、1周目ゴール前では4~5頭が先団を形成。人気2頭が3、4番手につけて、レースは3コーナーから大きく動いた。先頭を走っていたナンジャモンジャ(牝3歳、大橋敬永厩舎)=藤原幹生騎手=は失速。2番手の名古屋・コンビーノ(牝3歳、竹下直人厩舎)=塚本征吾騎手=が先頭に躍り出ると、タニノタビトが外からイイネイイネイイネをかわして、追撃態勢となった。

 ■激しい追い比べ、コンビーノを差し切り「3冠ゴール」

 4コーナーから最後の直線では、名古屋勢2頭による激しい追い比べが続いた。タニノタビトは「輝く3冠ロード」をゴールに向かって一直線。岡部騎手の気迫あふれる手綱さばきに応え、ゴール手前で鋭くグイッと一伸び。押し切ろうとした塚本騎手のコンビーノをアタマ差、鮮やかに差し切り、力強く「3冠ゴール」をたたき込んだ。イイネイイネイイネは伸び切れずに、さらに6馬身差の3着に終わった。

コンビーノを外から差し切り、ゴールする岡部騎手騎乗のタニノタビト(8)

 際どいゴールだったが、清流ビジョンでタニノタビトの先着が大きく映し出されると、スタンドで観戦していた西村健オーナーも「やったあ」と家族で勝利のハイタッチ。東海3冠オーナーに輝いて「ありがとう。勝てて良かったです。盛岡でのダービーグランプリに向かえます」と喜んだ。タニノタビトは父オルフェーヴル、母テーブルスピーチという血統で、芝の3冠馬からダート3冠馬が誕生した。

 ■「3冠ジョッキーになれて、とても光栄」

 優勝セレモニーで大きな拍手を浴びた岡部騎手。「笠松の馬場はあまり慣れておらず、返し馬もぎこちなくて、ゲート入りもちょっと嫌々という感じでした。イライラしていたし、やばいかなあとも思いましたが、レースでは道中かかることもなかった。4コーナーでは大丈夫だと思ったし、追い掛けてかわしてくれると。ガッツポーズはなかなかしないですが、出ましたね」とにやり。

岐阜金賞で史上5頭目の東海3冠馬となったタニノタビトを囲んで、歓喜に浸る関係者

 最後の直線では、3番人気コンビーノとの死闘になった。外から併せ馬のように伸びてきて、ゴールの瞬間は勝利を確信。オーナーや応援するファンらが見守るスタンド方面を向いて左手で「3冠奪取」を力強くアピールした。笠松は2戦目で、昨年末のライデンリーダー記念(騎乗は今井貴大騎手)では5着に敗れていた。岡部騎手は「僕に任せてくれるということで、前に馬がいるとしっかり走ってくれるので、力を出せればいい勝負になると思って乗りました」。口取りやファンの前での表彰式でも、岡部騎手や角田調教師らは3本の指を立てて喜びを表現。「3冠馬にしてあげることができ、自分も3冠ジョッキーになれてとても光栄です。タニノタビトには感謝でいっぱいです」と晴れやか。名手に勲章がまた一つ増えた。

 ■次走は盛岡・ダービーグランプリ、自身は「ワールドオールスター」騎乗

ファンの前での表彰式でも「3冠ポーズ」を決める岡部騎手(左)ら

 「土日に札幌でのワールドオールスタージョッキーズ(8月27、28日)に騎乗させてもらうので、いい弾みになりました。(夏の甲子園大会Vの)仙台育英ではないですが、この東海に、ワールドオールスターの称号を持って帰ってきたいですね。この馬と、また大きいところを狙っていきたいですし、自分も成長していきたいです」と喜びをかみしめていた。

  岐阜金賞は陣営にとって、4年前のサムライドライブで2着惜敗があるレースだった。悲願の岐阜金賞を制覇し、3冠トレーナーとなった角田輝也調教師。「東海ダービーV後はリフレッシュ放牧に出していましたが、帰厩後は順調で、追い切りも納得の動きでした」と仕上げは万全だった。笠松への出張でやや不安もあり、パドックや返し馬でもうるさかったが「勝つことができてホッとしてます」。次走は盛岡・ダービーグランプリ(10月2日)に狙いを定めており、輸送競馬での勝利は大きな収穫になった。
 
 過去の東海3冠馬は笠松のイズミダッパー(1980年)、サブリナチェリー(93年)、名古屋のゴールドレット(82年)、ドリームズライン(2017年)の4頭。タニノタビトとドリームズラインは、ステイゴールドの孫であり、ダートでも血脈が開花した。歴代優勝馬には、3冠馬以外にもトミシノポルンガ、ミツアキサイレンス、ミツアキタービンなど中央挑戦でも活躍した笠松の名馬がずらり。岡部騎手は笠松・ラッシュスルー(1999年)以来2度目の岐阜金賞Vとなった。
            

イイネイイネイイネで3着に敗れたが爽やか。笑顔も見られた渡辺竜也騎手

 ■渡辺騎手「具合が良過ぎて、前へ行き過ぎました」

 一方、地元馬イイネイイネイイネに騎乗した渡辺騎手。東海ダービー惜敗の悔しい思いをぶつけ、笠松でリベンジを果たそうと燃えていたが、結果は3着に終わった。最終レース後は豪雨となったが、笠松の若大将は敗れて爽やか。さっぱりとした表情でレースを振り返ってくれた。

 イイネイイネイイネは重賞2着が連続4回という「シルバーコレクター」だったが、前走・金沢「MRO金賞」では持ったままで重賞初Vを飾った。楽な相手でダメージもなく、追い切りでも切れのある動きで岐阜金賞Vに照準を定めていた。

 レースでの位置取りは、意外にもタニノタビトの前になった。3番手から前めの競馬になったことについて渡辺騎手は「具合が良過ぎて、前へ行き過ぎました。ハミをかんじゃって、タニノタビトをマークして行きたかったのに、逆にこっちがマークされる競馬になりました」。馬体重プラス12キロについては「体が大きくなりましたし、成長分ですよ。太くは見せないですし、攻め馬も良かったです」。
 
 タニノタビトにかわされた3~4コーナーについては「手応えはあるんですけど、相手に来られた分、動ける馬じゃないんで。(東海ダービーのように)前に強い馬を置いて、追っつけていきたい馬です。それができなかった」と残念がった。

3着でゴールインしたイイネイイネイイネと渡辺騎手

 ■「そんなに悔しさはないです。次に向かって頑張っていきたい」

 駿蹄賞は2秒遅れの完敗で苦笑いだったのが、東海ダービーではアタマ差まで追い詰めたが届かず「悔しさマックス」の表情だった渡辺騎手。岐阜金賞では結果的に6馬身も離されて、「自分のリズムで競馬ができなかった。自分の競馬をしていれば、いい勝負ができたと思うんですけど。もうちょっと控えて中団から行ければ」とレースを回顧。「地元の競馬場で攻め馬からコースをよく知っているから。馬にとっては、逆に金沢のように初馬場でフワフワしている方がいいかもしれない」とも。

 3着という結果については「でもいい競馬だったんじゃないですか。きょうは、しょうがないです。ダービーの時のような、そんなに悔しさはないです。次に向かって頑張っていきたいです」と吹っ切れた様子。勝っていれば、胸を張って盛岡・ダービーグランプリ挑戦となっていたが、次走については「ダービーグランプリに向かうかもしれませんが、(3着で)先生(田口輝彦調教師)も「うーん」という感じで、まだ分からないです。また応援してください」と前を向いていた。

 レース展開としては、名古屋の有力馬2頭がいてやはり3頭での競馬になった。「今後、もうちょっといい競馬ができるでしょうし、まだ成長分があるんで、大丈夫です。元々勝ち切れないところがあって、よく取りこぼしていた馬なんで、まだまだです」。前走で重賞初Vを飾ったが、楽勝だった。今回の敗因をあえて挙げてもらうと「調子が良過ぎたことと、位置取りが前過ぎたことですね。やっぱり岡部さんはうまいですわ。楽させてくれなくて。いや悔しいですね、次です」。

パドックから返し馬に向かうイイネイイネイイネ(渡辺騎手)。後方はコンビーノ(塚本征吾騎手)

 ■「僕自身、馬と一緒に成長できた。岡部さんに学びました」

 東海3冠レースをイイネイイネイイネとのコンビで戦い終えて、「ここまで成長を感じる馬はなかなかいないです。(タニノタビトという)強敵がいて意識してやってきました。終わってみれば、3走とも負けていて(2、2、3着)、僕自身は、馬と一緒に成長できた感はあります。貴重な経験で、糧にはなりましたね」。「特にダービーでは学ぶことが多かったですね。(アタマ差で負けましたが)『ダービーは勝てたかなあ』という思いもあって、自分のリズムの作り方というか、すごいいい勉強になりました。競馬のレースに臨むリズムを学びました」と収穫も大きかった。

 岐阜金賞でも「きょうは岡部さんに学びました。重賞であそこで(3コーナー辺り)4頭目で回って勝てるのが岡部さんです。やっぱりうまいですし、岡部さんしかできない。一番やられたくない競馬をされました」。


 レース展開としては「きょうの馬場状態では、杏花(深沢騎手)が2番手からよく勝っていたじゃないですか。それで『まあまあ、前につけて』と先生(田口輝彦調教師)とも話していました。逃げ切るのは難しい馬場だけど、3番手からでも息が入らなかった。外からタニノタビトにふたされるのも嫌で、展開的には苦しかったです」と。地の利を生かしたかったが、厳しいレースになってしまった。

 ■「ビッグなレースで先生に恩返ししたい」

 3年前、ストーミーワンダーとのコンビでは重賞3勝を飾ったが、笠松の新エース・渡辺騎手とイイネイイネイイネとの挑戦はこれからも続くだろう。まだ3歳で楽しみが大きい愛馬であり、「ビッグなレースで先生に恩返ししたいですね」と、この日の敗戦を糧に飛躍を誓っていた。

 くろゆり賞シリーズでは自己新の開催17勝をマーク。笠松で今年94勝を挙げており、初のリーディング獲得へまっしぐら。笠松での月間勝利数は5月がスランプ状態で2勝どまりだったが、6月20勝、7月17勝、8月11勝と2桁勝利を量産。特に東海ダービー後はレースに臨むリズムをつかんだようで、活躍が目覚ましい。

 安藤勝己元騎手の笠松時代には「カラスの鳴かない日があっても、アンカツの勝たない日はない」とまで言われたそうだ。今の渡辺竜也騎手なら「ネコがコースを走らない日があっても、ナベタツの勝たない日はない」といったところか。笠松開催日の連続勝利記録は8月24日まで19日間も続いていたが、岐阜金賞の日はなぜか未勝利に終わり、記録はストップした。それでも渡辺騎手のV量産はすさまじものがあり、名古屋への騎乗依頼も多い。人気馬で勝つだけでなく、穴馬で波乱も演出している。

1日4勝を飾る活躍を見せた深沢杏花騎手。岐阜金賞でもパステルモグモグに騎乗した

 ■1日4勝、深沢杏花騎手が固め勝ち

 岐阜金賞では、実況アナにも「イイネイイネイイネ」を連呼してもらいたかったが、運にも見放された。「きょうは勝てませんでした」という渡辺騎手だったが、そんな日もある。一方、この日4勝を飾った深沢杏花騎手は、自己最多となる固め勝ち。8R、9Rでは上位人気の渡辺騎手を2着に退けての価値ある勝利。重賞は名古屋勢にやられたが、笠松勢としては目立った活躍を見せてくれ、「4勝ってすごいね。きょうは主役になっちゃったね」との声には「そんなことないです」と笑顔だった。岐阜金賞では自厩舎のパステルモグモグ(牝3歳、田口輝彦厩舎)に馬主服で騎乗したが12着に終わった。翌26日には4Rで「深沢杏花騎手応援記念」という個人協賛レースも開かれ、応援するファンが熱く盛り上げてくれた。

 ■18歳の塚本征吾騎手、コンビーノであわや金星

 岐阜金賞では10代の若手騎手たちも騎乗した。2着惜敗のコンビーノに騎乗した名古屋の塚本征吾騎手は昨春デビューの18歳。笠松での騎乗も多く、今年14勝。前走で名古屋準重賞・けやき杯を制し、破竹の5連勝で岐阜金賞に挑んだ。2強の一角崩しの期待通り、2番手から先頭を奪って、重賞初参戦の馬で「あわや金星」という好騎乗。最後は「岡部さんにやられたという感じです。道中で脚を使わされました」と重賞初Vを逃して悔しいゴール前となった。岡部騎手の勝負強さに屈したが、コンビーノの勢いは本物だった。名古屋デビュー馬であり、生え抜き馬限定戦の西日本ダービー挑戦もいけそうだ。

岐阜金賞でユーセイブラッキーに騎乗し、実況で「ミスターオレンジ」と呼ばれた及川烈騎手

 ■「ミスターオレンジ」及川烈騎手は期間延長、岐阜金賞にも騎乗

 笠松勢では、期間限定騎乗で乗り鞍も増えている及川烈騎手(浦和)も18歳。11月26日まで3カ月間、期間を延長。それまで笠松で3勝だったが、初日、3日目に勝利を飾っていい感じ。岐阜金賞にも騎乗し、実況で「ミスターオレンジ」と呼ばれ、勝負服が鮮やか。同じ浦和所属で還暦を迎えた内田利雄騎手は「ミスターピンク」の愛称で活躍中。2005年には笠松で期間限定騎乗したこともある。流し目でカメラ目線を送ってくれることでも人気の3500勝ジョッキーである。

 及川騎手は。岐阜金賞でユーセイブラッキー(牝3歳、大橋敬永厩舎)に乗り9着。重賞挑戦で「楽しかったです。勉強になりました。まだまだなんで、頑張っていきたいです」と。自身3戦2勝と相性が良かった馬で、攻め馬からまたがり、気合乗り上々。騎乗依頼を受けて「本当にありがたいです」と感謝。勝ったタニノタビトの隣枠からスタート。笠松での重賞挑戦で学んだことを今後のジョッキーライフに生かしていきたい。

 ■盛岡・ダービーグランプリでの再戦を期待

 岐阜金賞を制覇し、3冠馬となったタニノタビト。盛岡・ダービーグランプリへの挑戦権を獲得し、地方競馬3歳王者の座を争う。「3歳秋のチャンピオンシップ2022」シリーズの一戦である岐阜金賞の1着賞金は500万円だが、勝ち馬がダービーグランプリも優勝すれば、ボーナス賞金800万円が馬主に贈られる。

 イイネイイネイイネの吉田勝利オーナーはニューホープ、ダルマワンサに続いて岐阜金賞3連覇を狙ったが、快挙達成はならず。渡辺騎手が言うように、遠征競馬による初馬場が強いとしたら、イイネイイネイイネには、ダルマワンサに続いて、盛岡・ダービーグランプリ挑戦の可能性も大きくなる。全国の重賞戦線でも夢を追い、みちのくへの旅に出るタニノタビトとの再戦は実現するのか。渡辺騎手としても「ダービー」という名の付いたレースでまた好勝負ができれば最高だ。そんなに甘くはないだろうが、参戦するチャンスがあるのならチャレンジしてほしい。