拝啓、街の匂いも徐々に秋めいて、夜になると肌寒くなってまいりました。日本の紳士淑女の皆さまにいたしましては、さぞ優雅に慈悲深く慎(つつ)ましくお過ごしのことと存じます。

 でも、もうわたくしやっていられませんわ、お暇(いとま)させていただきます。というのも深い理由がございまして。ほら、100円均一という、なんともユースフルなお店がございましょう? あなたの街にもございましょう? わたくし結構贔屓(ひいき)にしておりましたのよ。事務用品から化粧品、食器から食料品まで狭い店内に所狭しと、大体のものは事足りますものねえ。日本の紳士淑女方もつい利用したことがございましょう? でもあるとき、わたくし重大なことに気が付いたんですの。100円均一の商品って、100円では買えないということに。

(撮影・三品鐘)

 皆さまお気付きになりまして? これはもう詐欺でございませんか。そうそう、わたくしも最初は大目に見ていたんですのよ。100円均一のものが103円で買えた頃には。3円なんて微差というもの、まあ、103円均一なんて変えたら語呂が悪いし、流石(さずが)に私もそこで100(103)円均一のドアをハーフパンツにクロックスでガシガシと蹴り上げ、ガラス窓にカラースプレーで「詐欺!」などと書き、店舗にドスのきいたクレームを入れるほど暇ではございませんからね。そうしたら今度は105円! まあまあ、どうぞ紳士淑女の皆さまお怒りにならず、深呼吸いたしましょう。まだまだ地獄はこれからでございます。そして、108円! あら、だんだんおかしなことになってきましたわね。あら手前のご婦人が気絶! どうぞ気付け薬と担架を! コルセットも緩めて差し上げて!

 そしていよいよGo to hell! なんと今は100円均一が110円出さないと買えないのでございます。もうこれは、110円均一と名前を変えるべきでございましょう? わたくし日本の一貴族としてこの惨状、もう目をつぶってはいられませんの。いますぐ100円均一からお暇させていただきます。そう、あと10円貯(た)まるまで。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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