笠松競馬場での調教帰り、競走馬が暴走した専用馬道。レースを終えた馬は厩舎へ向かう

 笠松競馬でまた放馬があり、厩務員2人が骨折などのけがを負った。昨年9月のレース再開以降、比較的平穏だったが、夏以降に一般道への放馬が相次ぎ、レース運営の大前提である安全管理は「赤信号点滅」の状態にある。
 
 今回の事故は15日午前8時50分ごろ発生。笠松競馬場内での調教を終えた3歳牝馬が、北東に約1.5キロ離れた円城寺厩舎へ帰る途中、専用馬道内で物音に反応したのか、急に暴れだした。競馬組合によると、牝馬は40代厩務員の手綱を振り払い、一般道との交差地点に設けられたアルミ柵2カ所を突破。厩舎方面へ約200メートル暴走すると、前方を歩いていた4歳牡馬に衝突した。

4歳牡馬が突き破った専用馬道のアルミ柵(笠松競馬提供)
  驚いた牡馬が騎乗していた20代厩務員を振り落とした。馬を引いていた別の厩務員も振り払って走りだし、アルミ柵1カ所と約100メートル先の馬道東端に設置された木製の柵を突破。一般道に侵入し、約50メートル逃走して厩舎近くでストップ。追い掛けた馬道監視員に確保されたという。最初に逃げた馬の手綱を持ったまま、引きずられた厩務員は右腕を骨折した。牡馬に騎乗していた厩務員は、背中に打撲を負った。暴走した馬2頭は全身打撲などで17日の出走を取り消した。

 ■9年前には車と衝突し、死亡事故

 物音などに敏感な競走馬が放馬するアクシデントはこれまで、競馬場内をはじめ、円城寺厩舎や馬道で発生している。9年前には、調教中に競馬場から脱走した馬が、堤防道路で軽乗用車と衝突し、運転手が死亡する大事故を引き起こしている。

 次に逃走馬による大きな衝突事故などが発生すれば「レッドカード」による一発退場で、競馬場の存続自体が厳しくなる状況にある。農水省やNAR(地方競馬全国協会)の強い指導があって、現場のホースマンたちの共通認識でもある。

 死亡事故以降、競馬場から厩舎まで、一般道に隣接した専用馬道が整備され、安全確保に努めてきた。馬を管理・育成する調教師も絶えず馬体の状態に気を配るが、相手は体重500キロ前後の生き物であり、物音に反応したり、運動不足でストレスがあると暴走することもある。今回の放馬も一歩間違えば、車などと衝突し、一般の人を巻き込んだ重大事故につながる危険性があった。

衝突され、厩務員を振り落とした4歳牡馬は、馬道東端に設置されている木製の柵を突破し、一般道へ侵入した

 2013年10月の死亡事故以来、9年ぶりに人的被害が出た今回の放馬事故。笠松競馬では本年度、競走馬が厩舎や馬道から一般道に侵入する放馬が相次いでおり、今回で5件目。このうち1件は今回と同様、専用馬道で馬が暴れ、一般道に出ていた。残る3件は円城寺厩舎からの放馬で、うち1件はアルミ製の柵を破壊して一般道に侵入した。4件目までは、いずれもけが人はなかった。県地方競馬組合は「その都度、検証し対策をしてきたつもりだった」と釈明したが、5件目を防げなかった。 騎手らの馬券不正購入など一連の不祥事からの信頼回復途上での事態。古田肇知事は「どこに隙があったのか、徹底的に洗い出し、厳しく見直す必要がある」と力を込めた。

 ■今年6月には放馬対策の訓練中に放馬、約1キロ逃走

 本年度1件目は、皮肉にも放馬対策の訓練中に起きた放馬だった。6月27日午前9時40分ごろ、競馬組合が放馬事故を想定した訓練を円城寺厩舎の出入り口付近で実施していたところ、職員が厩舎西側の馬道にいた馬を発見した。訓練のはずが、まさかの本番モードに突入。約5分後に一般道で逃走馬を確保したが、笠松競馬管理外の馬(組合厩舎に隣接する馬房)だった。
             

笠松競馬円城寺厩舎のゲート付近。遮断機やアルミ製フェンスで放馬防止に努めているが、置き柵は設置されていない

 発見された馬は、厩舎と競馬場をつなぐ馬道を、競馬場方面に逃走。約1キロ離れたコンビニ店「ファミリーマート」西側の一般道で職員らが確保した。人通りもある場所だったが、周辺で事故などはなかった。組合では「たまたま訓練をやっていたから良かったが、大ごとになるところでした」と冷や汗。3年前の円城寺厩舎からの脱走では、JR踏切を渡って住宅街を暴走。テレビで動画も公開され、レースは1開催が中止になった。

 ■堤防道路を暴走すれば、逃げ場もなく重大事故の危険

 本年度の放馬5件は、馬道を含めた円城寺厩舎エリアで発生しているが、9年前の車との衝突・死亡事故は競馬場内からの脱走によるものだった。万が一、装鞍所エリアで同様の放馬が発生すれば、脱走した馬は堤防道路に駆け上がり暴走。厩舎がある東方面へ逃げるとみられ、交通量は多く、逃げ場もなく対向車と衝突し重大事故につながる危険性が極めて高い。もし事故がまた発生すれば「馬券の不正購入事件」以上に、競馬場の存続を脅かすことになる。
 
 昨年9月、一連の不祥事から8カ月ぶりに再開され、注目された笠松競馬のレース初日。長期休養明けの馬が多く、ゲート内で暴れたり、放馬や落馬もあり、関係者をヒヤリとさせた。木曽川と堤防道路に挟まれた立地条件で、競馬場内からの放馬事故防止は、笠松競馬が抱える長年の懸案事項である。関係者をハラハラさせた、ゲートオープンでの放馬シーンを振り返りながら、装鞍所エリアからの脱走防止策は本当に万全なのか、改めて点検してみた。

放馬はレースのゲートインでも発生する。1~2コーナー中間にロープが張られ、装鞍所内に追い込まれる逃走馬

 ■暴れ馬にあおられ、隣のゲートから放馬

 レースが再開され、久しぶりの実戦で休養十分の競走馬たち。初日5R・1400メートル戦のスタート。12頭立てで、ゲート難があるため先入れされていたリックアカリン(牝4歳)が暴れだし、立ち上がって大原浩司騎手を振り落とし転倒。発走はやり直しとなって、各馬がゲートの後ろ扉から出されたが、隣のヒカルノマッキー(牝4歳)が暴れ馬のあおりを受けた。脚をばたつかせていたリックアカリンに蹴られるなどして、ヒカルノマッキーは長江慶悟騎手を振り落として、放馬となった。

 馬はスタンド前を通過し、コース周回を開始。1~2コーナーに近い装鞍所前には競馬場関係者20人ほどの姿があり、女性が両手を上に広げて馬を制止しようとした。1周目では放馬止めのロープは間に合わず、馬を止められず。もう1周し、2度目のゴール板を過ぎて「完走」。装鞍所前では関係者がスピードを緩めた馬を止めようと、ようやくロープを持って待ち構え、装鞍所エリア内に追い込んだ。

装鞍所から再びコースに戻ろうとして、外ラチ沿いの外側を進んだ後、厩務員らに確保された逃走馬

 ■放馬止め、装鞍所に追い込むのはリスクも

 装鞍所内に入った馬は確保されることなく、中央にある「サークル」などをぐるぐると動き回ったようで、1分ほどして再びコースに戻ろうしたのには驚いた。外ラチ沿いにコースの外側を進み、2コーナー近くでストップし、厩務員らの手でようやく確保。かなりの距離を走ったため、競走除外となった。レース中は馬体故障、落馬事故などに備えて、獣医らが高台から監視。走路全体を見渡し、緊急ボタンを押せるように馬場管理棟2階に、調教師3人が常駐することになっている。

 ファンからは「放馬止めはタイミングもあるが、競走除外は避けてほしいから、ロープをすぐに張って確保してほしい」「装鞍所ではなく内馬場に誘導してはどうか」といった声もあった。装鞍所へ追い込めば、死亡事故につながった時のように場外への脱走のリスクもあり、「大丈夫かな」との思いもある。危険回避のためには、場内放送やレース実況でも放馬を伝え、競馬場全体で危機管理を共有できるといい。また、放馬止めの係員(複数)をレースごとに装鞍所前で待機させ、馬を早めにストップさせたい。

 頭数が多いJRAでは、調教中の放馬は珍しくないそうだ。バイトの大学生らが放馬止めの係員として待機。スタート地点や50メートル、200メートル、対角地点などに配置される。調教時などの放馬への対応策としては、突進してくる馬を無理して止めるのではなく、疲れるのを待って止める作戦も有効となる。「ある程度走らせて、バテてきたところを通せんぼするのが基本」だとか。徐々にスピードが落ちるよう、ポケット地点などに誘導して確保するのがベター。馬はストレスなどで興奮したり、物音などに敏感に反応することも多く、馬への愛情を持って接することが大切になる。地方、中央各場での放馬対策はそれぞれだが、浦和では1周してきた逃走馬を7、8人で両手を広げて馬を止めたケースもあった。

調教やレース前、競走馬が入場する装鞍所の北門 

 ■装鞍所の出入り口は2カ所、北門も要注意

 2013年、調教で放馬した競走馬が軽乗用車と衝突し、運転していた男性が死亡した大事故。調教師らが非常ボタンを押し「(鉄柵を)閉めろ」と叫んだが、装鞍所東門の警備員は持ち場を離れていたため、鉄柵は開放状態。置き柵などの放馬対策も機能しなかった。脱走馬は約300メートル東の堤防道路で、男性が運転していた軽乗用車と正面衝突した。軽乗用車は弾みで対向してきた乗用車にも衝突。2人が死傷し、馬も亡くなった。地方、中央競馬で前例のない惨事となり、競馬場運営での安全管理の姿勢が問われた。

 装鞍所内には東門(スライド式鉄柵、高さ約2.5メートル)の前では置き柵が増設され、馬が脱走しにくくしたが、装鞍所の出入り口は2カ所ある。隣接する薬師寺厩舎や離れた円城寺厩舎から来た馬は北門から入り、馬体重のチェックを受けて入場。鉄柵は開いており、置き柵はあるが、入り口にはロープ1本が張ってあるだけ。もし出入り口として学習能力がある馬なら、調教やレースで北門から脱走する可能性もゼロではない。
 

2013年10月には馬が脱走したことがある装鞍所東門。置き柵を強化し、警備員が常駐し、監視に当たっている

 ■再び重大事故を起こしたら「笠松競馬場はアウト」とも

 2013年以降「今度、住民を巻き込んだ重大事故を起こしたら、笠松競馬場はアウト」とも言われてきた。競馬場を管理する県地方競馬組合は、背水の陣の覚悟で安全対策に取り組んできた。レースや調教中に、競走馬が乗り手を振り落とす放馬は笠松でも珍しくないが、関係者は「競馬場内で止めていれば、死亡事故は起きなかった」と対応を悔やんだ。

 所属馬が車と衝突する事故が3回も起きた13年。走路と装鞍所の境では、移動式の柵を操作する警備員2人を新たに配置。装鞍所東門では、逃走防止用の鉄柵を2.5メートルに高くした。馬が場外に逃げにくくするため出口付近に置き柵も設置。場内2カ所には、馬が逃げ出しそうな時にサイレンで知らせる非常ボタンも設置した。場内に馬がいる時は、警備員を出口の鉄柵脇に常駐させるなど対策を講じた。

 組合では死亡事故があった10月28日を「放馬対策の日」と定め、定期的に研修を行って再発防止への意識を高めてきた。放馬のケースごとに、警報装置の作動やロープでの封鎖といった非常時の対応を確認してきた。事故の教訓を風化させないよう、定期的な訓練を続けることが危機管理につながる。
 

「馬に注意」。交通量が多い堤防道路を横断し、競馬場に向かう競走馬 

 ■薬師寺厩舎への集約、スピード感を持って

 予期できない動きをする競走馬が相手で、今後も起きそうな放馬事故。防止策として懸案とされてきた厩舎移転構想は、依然として進んでいない。環境整備基金を活用するものだが、昨年度は不祥事の補償費を賄うため、基金は取り崩された。死亡事故後には、離れた円城寺厩舎を、競馬場すぐ東の薬師寺厩舎に集約し、2階建ての厩舎を新設する構想も浮上していたが、棚上げになったままだ。

 本年度の事故は5件とも競馬場から1.5キロも離れた円城寺厩舎の馬が起こした。「これだけ移動する競馬場は全国でも他にない」(国島英樹管理者代行)と、長距離移動が脱走の「根本原因」との認識を示した。薬師寺厩舎に集約する対策は2015年に打ち出していたものの、整備は未着手。「昨年度から取り組みを始める予定だったが、不祥事があったため遅れた。本年度から動きだす」とし、整備完了時期について「めどは言えない」という。これまで、予算案では整備調査費などが計上されてきたが、用地取得の問題もあって、円城寺厩舎から薬師寺厩舎への集約計画は進んでいない。
 
 不祥事があって取り崩したが、環境整備基金は30億円以上あるはずだ。放馬事故の再発防止には、抜本的な対策が急務である。堤防道路などで馬が暴走し、事故がまた起きてからでは遅い。スピード感を持って厩舎の移転を進めないと、競馬場から脱走した競走馬が、車と衝突する重大事故はまた起きる。