産婦人科医 今井篤志氏

 月経異常や不妊症の主要な原因の一つである多嚢胞(のうほう)性卵巣症候群は悪性腫瘍(子宮体がんなど)、代謝性疾患(糖尿病や肥満など)、心血管疾患(狭心症など)、美容的な訴え(多毛やニキビなど)など生涯にわたって女性の健康に影響することが分かってきました。

 妊娠可能年齢の女性の卵巣では、月経中から次の排卵に向けて複数の卵胞が成長し始めますが、通常直径20ミリ前後に育ち排卵するのは1個のみです。残りの卵胞は小さくなり消失していきます。

 ところが、卵胞の成長が途中で停止し排卵できずに卵巣内にたまってしまうと、月年単位で多くの卵胞がひしめき合うことになります。超音波で卵巣をみると10ミリくらいの同じような大きさの卵胞がたくさんできて卵巣の内側に並び、なかなかそれ以上大きくならないことが特徴です=図=。すると卵巣内の内圧が高まり卵巣の被膜が厚くなります。「排卵しろ」という指令のゴナドトロピンが下垂体から過剰に分泌され、卵巣内では男性ホルモン(アンドロゲン)の分泌が亢進(こうしん)します。この状態が「多くの嚢胞が卵巣にとどまり、いろいろな病態を引き起こす」多嚢胞性卵巣症候群です。PCOS(polycystic ovarian syndrome)という略語の方がなじみ深いかもしれません。妊娠可能年齢女性の8~10%に見られます。

 卵巣の病気なのに、どうして子宮体がんにかかりやすいのかを考えてみましょう。卵胞から分泌されるエストロゲンには子宮内膜の増殖を促す作用があります(2016年7月4日付の本連載参照)。卵胞が排卵し黄体になるとプロゲステロンが産生されます。プロゲステロンは子宮内膜の増殖を抑えます。しかし排卵が阻害されるPCOSではプロゲステロンが分泌されず、エストロゲンのみが長期間作用し続けることになります。すると、子宮内膜が異常に増殖し子宮体がんが発生します。

 男性ホルモンが増えることでニキビができる、毛深くなる、肥満になるなどの症状が見られる場合もあります。肥満になると心血管系に負担がかかります。

 この病気の50~80%では過剰なアンドロゲンや下垂体ホルモンが関与して、インスリン抵抗性が認められます。インスリン抵抗性とは、インスリンの作用(血糖値を下げる作用など)が十分に発揮されない状態です。不十分な作用を補おうと、インスリンが過剰に分泌され高値になります。糖尿病の前段階です。難治性の排卵障害や流産率の上昇に関与しているといわれています。

 糖尿病の薬の一つであるメトホルミンが排卵障害を改善することが分かってきています。血糖を下げてインスリンの過剰な分泌を抑えると、卵巣内のホルモン環境が改善され、排卵しやすくなります。過剰なインスリンを伴うタイプのPCOSでは、毎日内服して2~3カ月で効果が出るといわれています。

 初経後数年間規則正しい月経があり、また合併症のない妊娠・出産を経験した女性はPCOSにかかる可能性は低いといわれています。一方、今回紹介したような症状や異常に心当たりがあれば専門医の知恵を借りて、早期に対処しましょう。

(松波総合病院腫瘍内分泌センター長、羽島郡笠松町田代)