11月、コロナの影響による時短要請も過ぎ、恋人と外でお酒を飲みながら「あや子さんが知ってるワイルドな男性ってどんな人?」と聞かれて、しばし悶絶(もんぜつ)&絶句した。

 

 「バイクで二人乗りしたがる人とか?」「単に危ない」「避妊に非協力的な人とか?」「え、単に身勝手」「えっと...じゃあ東山動物園のシャバーニとか!」「もう! それは単にゴリラ」「ワイルド...ワイルド...あ、男性じゃないけどうちのオカン、ワイルドだよ!」

 そう、うちのオカンはワイルドだ。ある冬「雪が降るまでは寒いけど、雪が降ったら気合入るから逆に寒くない」と言ってわが三姉妹を震えあがらせた。大体の包装やタグは歯で外すし、ある時は自分が肋骨(ろっこつ)を骨折したことに気が付かず、さらには骨折していることを忘れてマッサージチェアでめちゃくちゃウィンウィン揉(も)まれていた。

 「俺のオカンもめっちゃワイルドだわ」と彼。

(撮影・三品鐘)

 さて、女はいつから蒸し器の中からあっつあつの茶碗(わん)蒸しを「気合」で素手で掴(つか)めるようになるんだろう。若い女性にはおそらく無理、男には多分一生無理だ。そこにあるのは「家族がいると風邪ひくのも忘れる」的オカンマインド。大人が加齢とともに図々(ずうずう)しく、「面の皮が厚くなる」のはもちろんのこと、人のためを思って「手の皮が厚くなる」のが女性の加齢。ここまでいくとオカン的おせっかいかしら、とも思いつつ、ついつい手が出るようになってしまうのだ。

 さて、母になるのを早々に諦めた私だが、お気に入りのアクセサリーなんかを呼ぶ時「この子」と言っていてゾッとする。わが子に与えられない愛憎がマイフェイバリットアイテムに向かってしまったのか。最近心配な子は赤いビーズのピアス。ビーズの紐(ひも)がゆるゆるになってきて、ケアに要注意だ...。

 オカンマインドはワイルドでストロングでストレンジ。でも、この人のためには多少は髪振り乱してでも、と思った時、ふっと自意識やプライドから自由になれている自分に気付く。誰かのためにグッと差し出す手はしわがあっても、分厚くてもとても魅力的だ。厄介な自意識を弄(まさぐ)る手を離して、その手で誰かのオカン役を引き受けてみよう。「あーもう、またこの子は!」と言いながら差し出す手の美しさを手に入れるのだ。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。