㊤スタンド前の直線で整備車両2台がコース内に進入 ㊥整備車両をよけるため急に進路変更する競走馬たち ㊦各馬はゴールに向かったが、レースは不成立となった。後方には名鉄電車も=2011年1月7日、笠松競馬場(オッズパーク提供)

 長年、笠松競馬場に通っていると、レース中に信じられないような珍事も起きる。馬場の内側には地元農家の田畑があり、かつては「レース中の競走馬が柵を越えて、野菜畑に突入してしまった。おなかがすいていたんだろう」とか、「笠松初出走の名古屋の馬が、コース西側を走る名鉄電車が迫ってくるのに驚いて、3~4コーナーで止まってしまった」などと聞いたことがある。

 のどかな草競馬時代の笑い話で済めばいいが、人馬の命に関わるアクシデントが発生した。7年前の2011年1月7日、レース中にトラクター2台がコース内に進入し、人馬の走路を妨害。騎手らにけがはなかったが、結果的にハードな障害物をクリアさせる「笠松大障害」競走となってしまった。「これはひどい」と世間を騒がせ、日本の競馬史上初めてとみられる珍事となった。この日の状況を、当時の岐阜新聞の記事(社会面トップ)で振り返るとともに、構造的な人為的ミスの再発防止を願って改めて検証してみた。


■走路に整備車両誤進入
 笠松競馬で競走中あわや衝突
 担当者が勘違い レース不成立、売上金返還
          (岐阜新聞・2011.1.8)

 最終4コーナーを回って先頭は...トラクター?―。7日に笠松競馬(羽島郡笠松町)で行われた第3レース中、コースに2台の走路整備車両が進入、競走馬の進路を妨害する前代未聞のアクシデントがあった。レースは不成立となり、馬券の売上金786万2000円はすべて返還された。

 県地方競馬組合によると、レースは5頭立ての1800メートル。向こう正面からスタートし2周近くを走るが、800メートルのレースと勘違いした整備担当の2人が、5頭が1周目を通過した直後、整備用のトラクターで作業を始めてしまったという。

 5頭は、2周目の4コーナーを回り、ゴールまであと約200メートルの直線で、トラクターに進路を阻まれたが、車両の間をすり抜けたり、大きくう回しながらゴールした。

 落馬やけがなど事故には至らなかったが、公正さを欠いたとしてレースは不成立になり、場内では窓口に詰め寄るファンも。組合には一時、問い合わせの電話が相次いだほか、岐阜羽島署のパトカーが出動し、警戒に当たった。

 先頭を走っていた尾島徹騎手は「直前で(車両に)気付き何とかよけたが、とにかく驚いた。頭数が少なく、ばらけた展開のレースだったからけがなく済んだが、本当に危なかった」と振り返り、「こんなずさんなことでは、ファンの信用を失ってしまう」と憤った。

 経営難にあえぐ同競馬にとって、貴重な売り上げがふいになる事態。組合は「深くおわびし以後、このようなことのないよう、真摯に開催業務を遂行しますのでご了承を」と平身低頭だった。


第2コーナーを過ぎた向こう正面にゲートが設置された1800メートル戦のスタート地点

 騎手5人の好判断で奇跡的に衝突を回避でき、大事故に至らず本当に良かったが、なぜこんな人為的なトラブルが起きたのか。新春シリーズのこの日は晴れ、良馬場。1周1100メートルのコースで、3Rに若竹特別(A2特別、1800メートル)、10Rに重賞・白銀争覇が組まれていた。

 笠松では通常、800メートル戦は前半戦に(前日も5Rに実施)、1800メートル戦はメインなど終盤に実施されることが多く、スタート地点も近い(第2コーナー寄り)。不成立となった3Rでは、珍しく準オープンの1800メートル戦が行われ、整備担当者は、1周目で「もうレースが終わった」と勘違いし、トラクター2台を発進させた。

 コース整備は「ハロー掛け」と呼ばれ、レースの合間に荒れたダートコースをならす作業。業務を委託された整備担当者は、コース内の安全を確保し、競走馬が走りやすくすることが職務。馬場管理の職員との連携で「3Rは1800メートル戦で2周する」と、この日のレース編成を確認、注意喚起する必要があった。

 ネットのレース映像では、場内の実況アナウンサーも混乱気味。2周目の3、4コーナーでは競走馬の動きを追っており、異変に気が付いていないようだ。最後の直線では、先頭のフサイチフウジン(尾島騎手=現調教師)がトラクター2台の大外を回り、約5馬身差の2番手・マイネルブラジリエ(筒井勇介騎手)、大差の3番手・リックチャー(吉井友彦騎手)は2台の間をすり抜けるように通過。ようやくトラクターが停車した。背後では競走馬や障害物のトラクターを追い掛けるかのように、名鉄電車が抜群のタイミングで?走行しているのが笠松らしい。

ファンでにぎわった昨年末の笠松競馬。馬群が詰まった展開では、障害物に対する緊急回避も厳しくなる

 レースは5頭立てと少頭数だったことが幸いし、尾島騎手らは、まさかの障害物を回避できた。これが10頭立てで、ごちゃついた展開で勝負どころの第4コーナーを回っていたら、ゾッとする。急に出現したトラクターに馬が驚き、2台を避けきれずに、衝突していた可能性が高い。レース実況で素早く緊急事態を告げるべきだったが、しばらく沈黙の後、「馬場ををならす車が直線コースに2台出ております。3レースは審議です」と言うのが精いっぱい。

 1、2番人気の馬で決まったはずのレースが「競走不成立」となり、馬券は「100円元返し」で全額返還。的中を確信していたファンの怒りは当然だった。その後、新春のA2特別は無難な1600メートル戦になり、今年は最終レースに行われた。

抱っこをしながら安全に観戦する親子ら

 競馬場内での衝突回避といえば、かつてNHKの夜のニュースで大きく取り上げられたハプニングを思い出した。赤ちゃんが「ハイハイ」をしながら、コース脇の柵をすり抜けて、レース中の馬場内に入り込んでしまったのだ。コースを横切るようにしてゆっくりと進んだが、接近してきた各馬は、赤ちゃんを踏みつけることもなく、かすめるようにして、何事もなかったかのように駆け抜けていった。間一髪セーフで、赤ちゃんは奇跡的に無事だった。

 時速60キロほどで疾走する競走馬の4本の脚は、骨折したりすれば自らの命に関わる「第2の心臓部」でもある。本能的に脚元の障害物を避けて走る習性があり、赤ちゃんに接触することなく走り抜けてくれた。レースに夢中で、目を離した家族の気持ちを思うと、競走馬たちの走りに感謝したくなるような感動的なシーンでもあった。

 レース中の人馬は、落馬事故などさまざまな危険と隣り合わせで、馬場内は命懸けの戦場である。笠松では、トラクター事件で衝突事故は免れたが、13年10月には脱走した競走馬が軽乗用車と衝突し、運転していた男性が死亡する事故が起きている。現場の安全意識欠如に尽きるが、こういった競馬場存続に関わるような人為的なミスは二度とあってはならない。

 馬券販売は年明けも好調でV字回復を続けているが、この先どんな落とし穴が待ち受けているか分からない。競馬場永続には、やはり「安全管理」が第一である。まさかの事態に備えて、気を引き締めてレース運営に努めていただきたい。奇跡的に衝突事故を回避して、ゴールした尾島、筒井、吉井の笠松3騎手のプロ根性には、「フェアプレー賞」を贈りたくなるような手綱さばきだった。