来春の騎手デビューを目指し、笠松競馬場で実習に励んでいる明星晴大候補生(左)と角田有輝候補生

 レースを終えたばかりの先輩たちの鞍を磨きながら「まずは騎乗技術を伸ばしたいです」と爽やかな笑顔を見せる。

 笠松競馬の調教師リーディングトップと2位の厩舎に来春、待望の新人ジョッキーが誕生する。笠松で新人2人が同時デビューとなれば、2003年以来で21年ぶり。一連の不祥事でイメージダウンはあった笠松競馬だが、笠松を目指す若者が次々と現れている。競馬場を活気づけるフレッシュコンビになりそうだ。
 
 新たな騎手候補生2人は、7月12日から笠松競馬場内で5カ月間の実習に励んでいる。角田有輝(つのだ・ゆうき)候補生が笹野博司厩舎、明星晴大(みょうじょう・せいだい)候補生が後藤佑耶厩舎に所属する。ともに2007年2月生まれの16歳コンビ。騎手不足の笠松競馬にとっては「金の卵」といえる貴重な人材だ。

 ■所属騎手は11人でフルゲートに満たず

 笠松競馬のゲートは12頭立てだが、現状レギュラーの所属騎手は11人で、フルゲートを満たしていない。3年前に発覚した不祥事で17人から9人にほぼ半減。4月に新人の松本一心騎手(18)と北海道から完全移籍の馬渕繁治騎手(57)が加入。野球チーム並みの「ナイン」からサッカーの「イレブン」にまで回復した。それでも名古屋、金沢の騎手数は21人で、笠松は他場の半分程度である。

雨の中、厩舎の先輩騎手のアドバイスを受けながら調教に励む明星候補生(右)

 レース開催の生命線である競走馬は100頭ほど減少していたが、10月に入って505頭にまで回復。リーディング上位厩舎の所属馬は50~65頭前後に増加。名古屋や期間限定の騎手ら助っ人頼りでなく、笠松生え抜き騎手の確保が課題になっていた。

 ■笠松競馬場にゲートイン、調教で騎乗技術みっちり

 騎手候補生の2人は栃木県の地方競馬教養センター第105期生。笠松競馬場にゲートインしてからは、日焼けしながらも、騎乗技術などをみっちりと磨いている。深夜からの調教タイムには先輩騎手にアドバイスを受けながら、コース周回をじっくりと繰り返す。午前7時半ごろに騎乗が終わると、ようやく朝ご飯。その後は厩舎での実習や競馬に関する勉強も頑張っている。
 
 来年3月に無事卒業し、地方騎手免許を取得できれば、4月の笠松開催で待望の騎手デビューを果たす。名古屋競馬では、望月洵輝(もちづき・しゅんき)候補生=井上哲厩舎=も実習に励んでおり、デビュー後は笠松での騎乗もありそうだ。

「中山競馬場で父と観戦し、格好いいな」と思い、ジョッキーを夢見る角田候補生

 ■角田候補生「父の応援もあって、競馬の道へ」

 2人の横顔を紹介しよう。角田有輝候補生は2007年2月27日生まれで、身長152センチ。父は地方公務員(町役場)で、一般家庭に育った。東京都奥多摩町出身。奥多摩町の面積は東京都の市区町村の中で最も広いが、人口は4600人ほどと少ない。本人は「山梨県に近くて『東京かっこ山梨です』」と笑わせてくれた。

 部活は中学3年間、卓球部に所属。小学校の頃はサッカーにも励んでいた。ジョッキーを目指すきっかけは「背が低かったし、父に勧められました」とのことだ。

 競馬に興味を持ったのは、中1の正月ごろ。「父に『中山競馬場に行くか』と誘われ、一緒に観戦した。格好いいな、すごいな」と感じ、中3の受験期を迎え、「父の応援もあって、競馬の道でやっていこう」と決意。ジョッキーになる夢を膨らませた。

早朝から競走馬の調教に挑んでいる角田候補生

 ■厩舎先輩に渡辺騎手、笠松生え抜きへ意欲

 地方競馬教養センターの試験は30人ほどが受験し、第105期生として16人が合格。「馬に乗ったのは、センターに入ってからでした」と未経験だったが、厳しい訓練にくじけず奮闘。2年目を迎え、競馬場実習に突入した。所属は「第1志望が笠松で、第2は盛岡でした。(他場よりも)笠松ではいっぱい乗せてもらえると思って選びました」と笠松生え抜きへ意欲を示す。リーディングトップの笹野厩舎では60頭以上を管理しているが、所属は昨年リーディングの渡辺竜也騎手だけで、新たな乗り役が必要になっていた。

 角田候補生の調教での騎乗は自厩舎の12~13頭で「馬との折り合い方や騎乗姿勢の矯正が課題です」と懸命な日々が続く。笹野先生からは「(馬が)引っかからないように乗ること」などいろいろと技術面のアドバイスを受け、攻め馬に励んでいる。

渡辺竜也騎手の「700勝達成」セレモニーであいさつする角田候補生(右から2人目)=笠松競馬提供

 笹野厩舎で兄弟子になる渡辺竜也騎手の地方通算700勝達成セレモニーでは、角田候補生が「祝700勝」のプラカードを持って登場した。「うちの厩舎の後輩のオレンジ君(競走実習でオレンジ帽を着用)なんですけど、自己紹介を」と渡辺騎手に振られて、競馬ファンの注目を浴びた。緊張気味だったが「はい、角田有輝です。来年の4月から笠松競馬場でデビューします。よろしくお願いします」とあいさつ。詰めかけたファンから「頑張れよ」と激励を受けた。

父は競輪選手で「同じ公営競技で頑張りたい」とジョッキーを目指す明星候補生

 ■明星候補生「競輪選手の父と同じ公営競技の世界へ」

 明星晴大候補生は2007年2月10日生まれ。身長は168センチで、騎手に合格すれば笠松随一の長身となる。愛媛県新居浜市の出身で、父は競輪選手として活躍中の明星晴道さん=愛媛=である。

 小1から中3まで野球部で、守備はずっとサード。レギュラーで打順は1番が多かった。中2の時に県大会優勝(ベンチ入り)を飾ったが、コロナ禍のため全国大会は開催されなかった。

 ジョッキーを目指すきっかけは「運動は野球しかやっていませんでしたが、競輪選手の父と同じ公営競技の世界へ行きたくて。テレビでグリーンチャンネルを見たり、高知競馬場へ行ったこともあり、中3の夏ごろから本格的に騎手になりたい」と夢に向かってチャレンジ。笠松を選んだのはやはり「騎手が少なく、活躍のチャンスがあると思って。第1志望は高知で、第2志望が笠松でした」と、四国からの入門となった。

レースに向け、競走馬の調教に励む明星候補生

 ■厩舎の兄弟子になる長江騎手らがアドバイス

 馬に乗ったのは、角田候補生と同じく教養センターに入ってから。訓練や宿舎生活では「しんどいことや楽しいこともあった。これまで骨折など大きなけがはなかった」と順調に過ごしてきた。後藤佑耶先生には「体重調整や騎乗技術をアップさせるよう頑張って」と言われ、調教で15頭ほどに騎乗するようになり、基礎を磨いている。

 明星候補生がデビュー後、厩舎の兄弟子となるのが長江慶悟騎手だ。8月30日に地方通算50勝目を達成。「2キロ減」だった負担重量は「1キロ減」へと一歩前進。10月11日には、上位進出を目指してヤングジョッキーズ笠松ラウンドにも参戦。厩舎の主戦騎手へとさらなる成長が期待されている。朝の攻め馬では、明星候補生に騎乗姿勢や馬の追い方などをアドバイス。雨の中だったが、2人とも笑顔を見せながら、騎乗馬の勝利に向けて懸命に追っていた。

レース後、先輩騎手の鞍などを磨く明星候補生(右)と角田候補生。左は先輩の長江慶悟騎手

 ■レース後は馬具の手入れに励み、先輩も感謝

 競馬開催中には装鞍所エリアで先輩騎手たちをサポート。レース直後には、10人前後の先輩の馬具の手入れを行い、砂をかぶって汚れた鞍などを入念に磨く。目の前で本番レースが繰り広げられ、馬の動かし方やコース取りなどアドバイスを受けながら実戦感覚で騎乗技術を学んでいる。

 先輩たちも実習生2人を見守るまなざしは優しく、レース直後、馬具磨きに励んでいると「ありがとうね」と感謝の一言。笑いながらジュース代ほどの小銭を手に「これで焼き肉でも食べに行ってりゃあ」と冗談を飛ばして和やかなムードを演出する。いい先輩たちにかわいがられて、2人は日々成長している。一番うれしいことは「自分で攻め馬した馬がレースで勝つこと」で、デビュー後はその馬で参戦するチャンスも巡ってくることだろう。

来年4月の騎手デビューへ向けて意欲を見せる2人

 ■乗馬未経験から大きな夢へ向かって一歩ずつ

 候補生の2人はともに乗馬はセンターに入るまで未経験だったが、家族の理解もあって、ジョッキーになる大きな夢へ向かって、一歩ずつ着実に歩み始めた。確かにジョッキー不足の笠松では、他場よりも騎乗のチャンスは多い。まずは先輩の藤原幹生騎手らを見習って体幹を鍛え、ちゃんと騎乗して馬を動かせるように体力アップに励む。攻め馬で多くの経験を積んで、来年4月のデビュー戦に備えたい。身長差のある2人だが、同期でいいコンビになりそうだ。

 目標はともに「まずはもっと技術を伸ばすこと」。晴れて笠松競馬場で騎乗できるようになれば、角田候補生は「1開催で1勝すること」と、コツコツと堅実に勝利を積み重ねていく構え。明星候補生は「ヤングジョッキーズのファイナルに出ることです」と夢を膨らませていた。

 実習は12月13日までで、笠松デビューまで半年を切った。先輩たちの本番レースに刺激を受けて目を輝かせている2人。ここまでけがなどはなく、教養センター騎手課程を無事修了し、地方競馬の騎手免許を取得したい。

今年4月の笠松競馬所属騎手一覧表。松本一心騎手と馬渕繁治騎手が加入。上段右は5月まで期間限定で騎乗した保園翔也騎手(浦和)

 ■30代は森島騎手だけ、10~20代前半が7人に

 現在の笠松所属騎手は50代2人、40代3人、30代1人。若手は20代4人、10代が1人。平均年齢は34.9歳で、森島貴之騎手(34)がちょうど真ん中になる。一連の不祥事で30代の騎手が数多く引退。「中堅」といえる20代後半から30代は森島騎手だけで、この世代は歯抜け状態。名古屋競馬(平均年齢36.8歳)は30代が7人で最も多いのとは対照的だ。

 それでも世代間のギャップもなく、レースでは厳しく、レースが終われば歓談したり食事に行ったりして仲良く過ごしている印象だ。今年もリーディング濃厚の渡辺騎手はまだ23歳だが、実績的には後輩の模範となる中堅クラスの立ち位置にある。

 候補生2人が新たに加入すれば10~20代前半が7人となり、さらに若返る。競馬場実習も残り2カ月。来年4月に笠松デビューを果たすが、レースで着用する勝負服はどんなデザインになるのか。ファンも楽しみにしている。


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