脳神経外科医 奥村歩さん
次の①と②ではどちらの場合が認知症の危険性が高いでしょうか?
①本人が「もの忘れ」を不安に感じる
②自分は「もの忘れ」を気にしないが、家族(周り)が心配する
従来、②の方が圧倒的に心配であるとされてきました。実際に「もの忘れ外来」では、ご高齢の認知症の方は心配している家族に同伴されて受診されることが大半です。認知症の早期発見は周りの方の「気付き」が重要であることは事実です。
ところが、最新の研究では、それに相反することが話題になっています。それは、実は「認知症の第一発見者は自分自身であった」ということ。本人が認知機能の低下を主観的に感じる状態を、SCI(Subjective cognitive impairment)と呼びます。前回で話題にしたMCI(軽度認知障害)よりも、さらに早期の状態です。
最近、SCIは、MCIと同様に、認知症のリスクであるというエビデンスが集積されています。現在までのSCIの縦断研究では、SCIは、そうでない方と比べて、2・17倍認知症になりやすいと結論されています。そして、研究論文では「もの忘れ」を自覚している場合、それを気にしていない人より、不安や焦りを感じている人の方が、認知症になるリスクが高いことが強調されています。
図で説明すると、左側のSCIの段階では、本人が、以前と比較して自分自身の「もの忘れ」に対しての不安が始まります。しかしSCIの状態では、家族など周りの方は気付きません。ところがSCIがMCIの段階に進むと、本人だけでなく周りも認知機能の低下が気になり始めます。そしてMCIがさらに進行し、日常生活に支障が出る認知症に至ると、本人は「もの忘れ」が気にならなくなります。SCIでは、自分自身がとても不安を感じていたのに、認知症に至り、家族の心配が深刻になると、皮肉なことに本人の不安は解消されるのです。
アルツハイマー病の原因となるアミロイドβ(ベータ)が、脳機能に影響して不安感を引き起こすと考えられています。そのため「もの忘れ」だけでなく同時に生じる不安感・焦燥感こそが、認知症の初期のサインであると考えられます。さらに、不安を感じる記憶障害の原因はアミロイドβだけではありません。脳疲労、ストレス、うつでも、不安を伴う「もの忘れ」を来してきます。この場合、薬物療法や生活を見直すことによって、不安のみならず「もの忘れ」そのものも解消されることが多いです。不安を感じる「もの忘れ」は、ちゅうちょしないで専門医に相談してください。