笠松競馬の薬師寺厩舎内に新設された「モデル厩舎」。放馬対策で円城寺厩舎が全面移転し、1カ所に集約される

 「重大事故が再び発生したら競馬場アウト」―。笠松競馬懸案の放馬対策で、長年棚上げされてきた厩舎移転・集約事業は今年初め、モデル厩舎が新設されて実質スタート。今後、新しい厩舎の建設ラッシュとなり、2026年度末(令和8年度末)完了に向けてゴールを目指す。

 2013年10月末に発生した笠松競馬場からの「放馬・衝突死亡事故」からは既に11年が過ぎた。競馬場運営の安全管理は「赤信号点滅」となり、同じような事故がまた発生したら、競馬場自体の存続が危うくなる状態が続いている。放馬対策は笠松競馬存続への喫緊の課題であり、岐阜県地方競馬組合では今後「円城寺→薬師寺」の厩舎移転・集約を急ピッチで進めていく。

調教中の競走馬が放馬、脱走した笠松競馬場の装鞍所の鉄柵=2013年10月28日

 

  完成した「モデル厩舎」は1棟で、今年2月以降、伊藤強一厩舎の有力馬8頭が入厩した。この厩舎を足掛かりに現場の意見を聞いて改良を重ね、520頭分の馬房を確保する。この夏、そのモデル厩舎を取材し、内部などを拝見することができたので紹介する。

 ■専用馬道からも放馬、厩舎脱走では市街地暴走

 まず笠松競馬の厩舎は、競馬場東側に隣接する「薬師寺」と東南に約1.5キロ離れた「円城寺」の2カ所にある。所属する競走馬は本番レースや毎日の調教のため、厩舎と競馬場を往復する。堤防道路で起きた死亡事故以降は、円城寺厩舎からは専用通路の「馬道」が整備されたが、競走馬は厩務員に引かれて交通量が多い県道や堤防道路も横切って装鞍所に向かうことが多く、放馬事故の危険とは隣り合わせとなっていた。

 

 死亡事故後、ある調教師は「相手は体重500キロ前後の生き物であり、運動不足でストレスがあると、幼い2歳馬が暴走することもある」と話していたが、競走馬は物音などに敏感で、興奮して暴れたりすることがある。ここ数年でも、馬道からの放馬で厩務員が腕を骨折する重傷を負ったり、円城寺厩舎内からの脱走では、市街地を暴走し近隣住民を脅かせた。

 円城寺から薬師寺への厩舎移転・集約は、経営状況や騎手らの馬券不正購入もあって先送りになっていたが、放馬事故は続発。国などからは「イエローカード」を突き付けられたような状態となっている。

 ■馬房に16頭、2階に厩務員住宅も

モデル厩舎内には通路を挟んで両サイドに8馬房ずつ。改良を重ね、厩舎スタッフが仕事をしやすいようにしていく

 モデル厩舎は平屋建てで、薬師寺厩舎の一角に新築された。真ん中に通路があり、対面式で左右に分かれた馬房に8頭ずつ計16頭が入る構造。

 既存の厩舎と違って、同じ敷地面積でも両サイドに馬房を設けるロスのない造り。2階建て厩舎も造る計画で、1階が馬房、2階は厩務員住宅となり、馬を管理する調教師や厩務員たちの意見を取り入れて改善していく。

 ■「洗い場は厩舎内に」厩務員さんの働きやすさ優先

 現場からは「外にある馬の洗い場は、厩舎内の中央に欲しい。屋根のある所でやりたい」とか「動線をT字形にしてもらいたい。入り口をもう一つ増やして、T字の真ん中に馬の洗い場があって、レースを終えた馬が体を洗って左右の馬房に入るように」といった率直な要望もあったという。

 競馬組合担当者は「厩務員さんの働きやすさを優先していく。モデル厩舎は実験厩舎の役割を果たしており、実際に造ってみて改善点などが分かってきた。改良を重ねながら、今後の設計に生かしたい」と現場の意見をできるだけ取り入れていく意向を示した。

笠松競馬場の東側に隣接している薬師寺厩舎の出入り口も安全を強化している

 夏場は暑さ対策も課題で、内部はファンで熱気を抜き、通気性を良くし屋根は断熱性能を高くするなどして蒸し暑さを軽減する。職場環境を良くするため、次に完成する厩舎は出口が三つできる。風がより抜けるようになり、暑苦しさがかなり改善される。

 本年度はモデル厩舎のほか、検疫用厩舎やJRAの交流厩舎(2階建て)にも着工。馬房数は520の予定だが、競走馬の預託面でも人気回復傾向にあり、11月15日現在の笠松所属馬は573頭で急速に増えている。JRA未勝利馬の転入も目立っており「笠松なら勝てるかも。愛馬を預けたい」という馬主さんが多くなれば、馬房数も増やす必要がありそうだ。

レースを終え、放馬事故があった馬道を通って円城寺厩舎へ戻る競走馬

 ■残る2年で全ての厩舎を新しく

 競馬組合では「馬が一般道を歩く状態を早くなくすべきで、令和8年度末には、円城寺厩舎の馬を薬師寺厩舎に移転させる事業を何とか達成したい。笠松競馬を安定して開催するには、やはり放馬問題が『アキレス腱』で、放馬のリスクがないようにその解消に努めていく。馬房は必要な数だけ造っていきたい」と安全確保に努めていく覚悟だ。

 薬師寺の現状の厩舎を壊し、建て替えるには令和7、8年度の2年しかなく、敷地を半分ずつに分けて建設を進め、9年度には全ての厩舎が新しくなる。厩務員住宅は2階に6世帯を予定。近年は通いの人も多くなってサラリーマン化はしているが、真新しい厩舎での住み心地は良くなりそうだ。

 笠松の厩務員は一人で4、5頭担当しているが、通いの人ばかりだと、夜は厩舎に誰も居なくなって、所属馬に異変などがあったら、どうするのか。聞いてみると、無人にはならないそうで、泊まり部屋となる管理室があって、厩務員の人が使うそうだ。 

 ■「若い人が競馬場で働いてもいいかなと」

 馬も大事だが「若い人が競馬場で働いてもいいかなと思える環境づくりに努めていきたい」と厩舎の担い手確保も大切な問題。笠松だけでなくと、日本人の厩務員は減少傾向で、外国人の厩務員が増えている。笠松では調教助手などを務めるインド人らも多いが、彼らにとっては、給料など条件面もまずまずの職場のようで、母国に仕送りする人もいるという。

モデル厩舎内の真新しい馬房内で過ごす競走馬

 「厩舎からは少しでも外に出ないで仕事ができればいい」。愛馬に接する厩務員たちの要望を取り入れて、競走馬が過ごしやすく、お世話もしやすい厩舎の「快適空間づくり」が笠松競馬で進行中で、馬と共に生活しやすいよう設計される。

 土地の形状によって馬房数は一定ではないが、今後建てられる厩舎は、競走馬がそれぞれの能力を発揮しやすくするため、同じコンディションとなる設計が求められる。馬のバイオリズムもあって、明るさとかも同じような条件で環境が変わらないようにする。

 ■馬房内にはラブアンバジョなど有力馬の姿

新しい馬房には伊藤強一厩舎の期待馬ラブアンバジョの姿も

 厩務員の仕事は昼夜逆転の生活で大変でだが、パドックでは疲れも見せずみんな元気に頑張っている。オグリキャップ初代調教師の鷲見昌勇さんは「俺が思うのは、強い馬づくりには厩務員が第一やな」と語っておられた。確かに、日夜世話をする馬たちとは最も長い時間接しており、コンディションづくりや成長に大きく関わっている。かつては中央の重賞をあっさり勝っていた笠松の若駒たち。ファンと夢を共有できて、中央のレースを目指せるような生え抜き馬を育てていただきたい。

 モデル厩舎内の馬房の前では、暑さ対策でファンが稼働しており、伊藤強一厩舎の期待馬で22戦17勝のラブアンバジョや3連勝中のサンマルブライトの姿もあった。サンマルブライトは17日の金沢重賞「徽軫(ことじ)賞」に出走する。デビューから7連勝中のバンダムアゲインやベストフラワーを含め笠松勢3頭が挑む。

 薬師寺厩舎への集約事業関連費は用地取得等も含め、本年度予算は9億5940万円。馬運車委託費や道路の警備委託費といった集約完了までの放馬事故対策費には、前年度比6億8000万円増の12億2216万円を投入した。

円城寺厩舎から競馬場での調教に向かう競走馬。放馬対策でインド人らが騎乗し、安全確保に努めている

 ■調教では騎乗して移動、放馬リスク減る

 笠松競馬の調教タイムは、騎手らの準備を含め午前0時から8時ぐらい。円城寺からは20分以上の移動時間を要し、街が寝静まっている時間帯に調教へ向かう。昨年4月末から、レース開催中には出走馬を馬運車で送迎。調教での移動は学校の子どもたちが通学する前の朝7時頃までとした。

 円城寺厩舎は笠松町と岐南町の2町にまたがっている。昭和40年代前半に建てられ、築60年近くで耐震性能はないまま老朽化が進んでいる。

 放馬対策では、厩務員が馬を引いて移動することも多かったが、8月末からの調教では、日本人のほか移動専門のインド人ら20人ほどが雇われ、馬に騎乗して引き手と共に円城寺厩舎と装鞍所間を送迎している。

未明、車が止められ、県道交差点を横断する人馬。警備員が多く配置されている

 円城寺厩舎の厩務員会館から競馬場への送迎は交代しながらで、通訳も2人いるという。乗馬経験者が騎乗していれば、手綱を引いて歩いて移動させるだけよりは放馬のリスクを減らせるため、大きな効果が見込める。

 ■警備員も多く配置「安全確保徹底」

 早朝の午前5時頃、笠松競馬場の装鞍所へとつながる堤防道路下の県道交差点では、警備員6人が配置され、騎乗馬がやって来ると、往来する車両を止めて調教馬を横断させていた。「馬専用 人・車通行禁止」の標識が設置されており、整然と装鞍所へと向かっていた。

 厩舎移転が完了するまで残り2年5カ月ほど。放馬事故を二度と起こさないよう、馬道付近でも警備員が多く配置され、安全確保を徹底している。11年前の死亡事故のように、ちょっとした隙を突いて競馬場内から馬が脱走すれば、駆け上がった堤防道路を疾走。車との衝突事故は避けられない。

 競馬場存続の放馬対策では、まだまだクリアすべき問題は多いが、やはり現場の気の緩みが大きな事故につながる。厩舎関係者はもちろん、職員やファンを含めた笠松競馬に関わる全てのホースマンが一丸となって「安全確保の徹底」に努めていきたい。
 


※「オグリの里2新風編」も好評発売中

 「1聖地編」に続く「2新風編」ではウマ娘ファンの熱狂ぶり、渡辺竜也騎手のヤングジョッキーズ・ファイナル進出、吹き荒れたライデン旋風など各時代の「新しい風」を追って、笠松競馬の歴史と魅力に迫った。オグリキャップの天皇賞・秋観戦記(1989年)などオグリ関連も満載。

 林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、206ページ、1500円。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー、酒の浪漫亭、小栗孝一商店、愛馬会軽トラ市、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。

※ファンの声を募集

 競馬コラム「オグリの里」に対する感想や意見をお寄せください。投稿内容はファンの声として紹介していきます。(筆者・ハヤヒデ)電子メール h-hayashi@gifu-np.co.jp までお願いします。