最終レース、今井貴大騎手が騎乗したカフジヴィオレッタが1着ゴール。73年の歴史に幕を下ろした名古屋競馬場(名古屋市港区)。4月から弥富市に移転する

 「数々の名勝負をありがとう」。圧倒的な強さ、まさかの大激走にファンがどよめき、スタンドは波打つように揺れた。

 1949年の開場以来、地名から「どんこ競馬」としてファンに親しまれてきた名古屋競馬場(名古屋市港区)は11日、ラストレースを迎えて73年の長い歴史に幕を下ろした。12R「どんこファイナル特別」のファンファーレが鳴り響き、大きな拍手が送られた。

■ファイナルレース、1頭1頭に大きな拍手

 1周目スタンド前、ゴールインと、駆け抜ける地元馬と騎手たちの勇姿を万感の思いで見守ったファンやホースマンたち。3900人が来場。レースを終えた1頭1頭が、向正面から1コーナー近くに引き揚げてくると再び大きな拍手。長年応援してくれたファンに頭を下げるベテラン騎手の姿もあり、春の西日が降り注ぐ中、人馬もファンも哀愁漂う名古屋競馬場に別れを告げた。

「どんこファイナル特別」を制した今井騎手。ファンに優勝ゼッケンをプレゼントし、拍手が送られた

 最後に勝ったのは今井貴大騎手が騎乗した3番人気・カフジヴィオレッタ(牝4歳)。名手・岡部誠騎手の騎乗馬を抑えて鮮やかな差し切りを決めた。東海ダービーではアンカツさんと並ぶ最多タイの4勝を挙げている「お祭り男」がフィナーレを飾る大仕事をやってのけた。口取り撮影を終えると、ウイナーズサークル近くを埋めたファンたちに向かって、優勝ゼッケンを放り投げてプレゼント。「やったな」「おめでとう」と拍手を受けて騎手は笑顔だったが、スタンドのオールドファンたちは長年通い続けた居場所を失い、別れを惜しんで寂しそうでもあった。

 閉場式では、愛知県競馬組合管理者の大村秀章知事が最初にあいさつ。「名古屋競馬ではアイドルホースのオグリキャップの出走、武豊騎手の騎乗。さらに岡部誠騎手が名古屋初の4000勝を達成、宮下瞳騎手が国内女性ジョッキー初の1000勝を達成」と名馬、名手をたたえた。競走馬ではオグリキャップただ1頭の名前を挙げたのにはちょっと笑えた。名古屋じゃなくて、笠松出身の馬なんですけどね…。

 名古屋競馬は、経営難の時代には累積赤字が40億円超もあったが、近年は馬券販売が好調で完済。4月からトレセンがある弥富市に移転し、ピカピカの競馬場で8日にオープンを迎える。

■地方競馬ファンの夢を乗せて名勝負の数々

 名古屋競馬史上最強馬として、まず思い浮かんだのは、昭和の時代のジュサブローだ。主戦は鈴木純児騎手で、笠松・東海クラウンVから挑んだ中央のサンケイオールカマー(GⅢ)を圧勝。第6回ジャパンカップでは、外国馬も相手に0.7秒差の7着と力走した。名古屋で初開催されたJBCクラシックでは、5歳牝馬のレイナワルツがゴール前50メートルまで先頭で、惜しくも3着。そして笠松のオグリキャップも名古屋競馬場を1着で駆け抜けた。この3頭はいずれも芦毛馬で、馬体の躍動感とともに地方競馬ファンの夢を乗せて、強烈な印象を残した。

 オグリキャップら笠松からの参戦馬を中心に、名古屋競馬場での名勝負を振り返った。

■オグリキャップ、中京競馬場で芝コース制覇(1987年10月14日)

 87年5月、笠松でデビューしたオグリキャップは名古屋競馬場でも1度だけ走っており、3歳(現2歳)重賞を勝った。

アンカツさんが騎乗し、中日スポーツ杯で優勝を飾ったオグリキャップ。左から小栗孝一オーナー、鷲見昌勇調教師=1987年11月、名古屋競馬場

 8月末の秋風ジュニアからアンカツさんが手綱を取って主戦となり、不敗の最強コンビが誕生。続くジュニアクラウンVからほぼ連闘で挑んだ10月の中京盃(公営、芝1200メートル)は中京競馬場で行われ、あっさり差し切りVを決めた。
 
 前走の笠松・ジュニアクラウンでは、アンカツさんも反省。オグリキャップを早めに動かして楽に勝とうとしたが、マーチトウショウが差し返してきてハナ差の辛勝。これに懲りて次走・中京盃からは、じっくりと脚をためるレース運びになった。

 その中京盃では、最後の直線で軽く気合を入れると馬群をさっと抜け出して、持ったままでアーデントラブに2馬身差の楽勝。公営時代唯一の芝コースで滑らかなフットワーク。初の遠征レースとなったが「芝」「輸送」ともに適性の高さを見せて、中央競馬へのトレードの誘いが多くなった。

■中日スポーツ杯、突き抜けて重賞3連勝(1987年11月4日)

 名古屋競馬場では中日スポーツ杯(ダート、1400メートル)=現ゴールドウイング賞=に参戦し、単勝1.2倍と断トツ人気。中団から逃げたミサトネバーを追撃。3~4コーナーで前をかわして先頭に立つと、一気に突き抜けて2馬身半差の圧勝。いずれも1番人気で重賞3連勝を飾った。名古屋勢のハロープリンセスが2着、アーデントラブが3着で続いた。オグリキャップがデビュー戦、4戦目でクビ差負けした、宿敵のマーチトウショウは2番人気。最後方から追い上げたが届かず4着どまりだった。

 当時、オグリキャップを管理していた鷲見昌勇調教師は「最初に見た時、これはいける馬だとピーンときた。またがった感じが、他の馬とは全然違った。車でいえば外車かクラウン。全身バネで硬さがないんですよ。レースに出れば勝つこと以外知らん馬でした」と振り返っていた。

 中日スポーツ杯2着だったハロープリンセスの馬主から「中央に移籍させて、日本一の馬にしませんか」と熱心な勧誘があり、笠松発のサクセスストーリーが始まった。「この馬で東海ダービーはもらった」と勝利を確信していた鷲見調教師は残念がったが、初代馬主の小栗孝一さんは「キャップを笠松だけで終わらせたくなかった。自分の子どものように思っているし、誰が見ても日本一の馬ですよ」と、その後の活躍を喜んだ。この決断があったからこそ、あの有馬記念での「オグリコール」が生まれたのだ。

■JBCクラシック、地元レイナワルツが激走3着(2005年11月3日)

 「うわー、勝っちゃうかも」。地元馬のアッと驚く激走にファンは酔った。名古屋競馬場で初めてJBC競走が行われ、2万人を超えるファンが殺到。第1スタンドで観戦していたが、収容能力の3倍ほどの観衆で、これだけ入るとさすがに通路も超満員。JBCスプリントはブルーコンコルド(幸英明騎手)が勝利した。

 JBCクラシックを迎え、場内の熱気は最高潮に達した。JRA勢は5頭で、出走馬も騎手も超豪華メンバー。1番人気サカラート、2番人気はパーソナルラッシュ。地元・名古屋からレイナワルツ(兒島真二騎手)とユウキャラット(安部幸夫騎手)、笠松からはミツアキサイレンス(東川公則騎手)とクインオブクイン(浜口楠彦騎手)が挑戦した。

 ナイキアディライトがゲート前で座り込んで、スタートのやり直し。1回目はJBC専用のファンファーレが鳴り響いたが、2回目は誤って名古屋競馬場の重賞ファンファーレが鳴ったそうだ。これに反応したのが名古屋重賞3勝で「内弁慶」だったレイナワルツ。気合が入ったのか、地元の大舞台で最高の走りを見せたのだ。

名古屋で初開催されたJBCクラシック。逃げ込みを図った芦毛のレイナワルツが3着と健闘した。タイムパラドックスが優勝し、ユートピアが2着=2005年11月(愛知県競馬組合提供)

 波乱ムードが充満する中、ユートピアが逃げて、2コーナーではナイキアディライトが前へ。3コーナーを回って先団がギュッと凝縮。5番手だったレイナワルツが、内からスルスルと先頭を奪った。

 4コーナーを回って、518キロの雄大な白い馬体がしっかりと視界に入ってくると、ラチ沿いやスタンドから大歓声。単勝150倍超で9番人気の地元馬がまさかの先頭だ。こうなったら、持っている馬券なんか関係ない。大観衆が異様な空気に包まれ、地方馬によるJBCクラシック初制覇というミラクルを願って、レイナワルツの1着ゴールを応援した。

■「そのままー」最後の直線で3馬身ほどのリード

 194メートルしかない日本一短い最後の直線に入って、3馬身ほどのリード。「行け、行けー」「そのままー」とファンの声援を背に受け、ゴールまで残り100メートルを切ってもまだ先頭だ。
 
 追ってきたのはJRA勢2頭で武豊騎手騎乗の3番人気・タイムパラドックスと、アンカツさん騎乗の5番人気・ユートピア。最後の直線では実況アナも「レイナワルツが先頭だ。あとはどうする。外からタイムパラドックス、かわした。意地で持ってきた、タイムパラドックス、武豊」と大興奮。ゴールでは「武豊、アンカツ」のワンツーとなった。

 残り50メートルで、惜しくも名手の2頭にかわされたレイナワルツだったが、先頭から1馬身4分の3差で、大健闘の3着。3連単23万6450円と波乱を呼んだ。金星にはあと一歩届かなかったが、応援した地元ファンは一瞬「地方馬によるJBC初制覇の夢」を共有した。
 
 笠松勢は前走・東海菊花賞でレイナワルツを破っていたクインオブクインが7着。この年のオグリキャップ記念を勝ったミツアキサイレンンスは11着に終わった。
 
 兒島騎手は「向正面からの手応えが抜群で、本当にいいレースでした。最後の直線で歓声は届いていましたよ。皆さんに夢を与えられたのでは。最高でしたね」と地元・名古屋での快走を喜んだ。

 07年、JBCスプリントは笠松出身で大井に移籍したフジノウエーブ(御神本訓史騎手)が初制覇。JBCクラシックはJRA勢が20連勝だったが、昨年金沢で吉原寬人騎手騎乗のミューチャリー(船橋)が地方所属馬として初Vを飾った。レイナワルツあわやの激走から16年が経過していた。

名古屋競馬場の一角でファンから餌をもらう人気者のヤギも弥富に引っ越しする 

■人気を集めた2匹のヤギもお引っ越し

 ここでちょっとブレーク。名古屋競馬場内の北側飲食店前の一角にいたのは、かわいい2匹のヤギ(ポテトとチップ)。あれは4年前の東海ダービー当日。グリーンチャンネルの番組「日本列島ダービーの旅」収録中だった。リポーターの小堺翔太さんが手にした競馬新聞を、ヤギが食いちぎったシーンが放映されたこともあって、一躍人気者になった。

 「ヤギが体調を崩すので、馬券や新聞を食べさせないでください。餌は草木や野菜のみで」と、周囲に注意書きがあった。弥富にも一緒に引っ越すそうで、また人気者になりそうだ。新競馬場でやっとの思いで手にした当たり馬券だけは、うっかり食べられないようにしたい。

■快速娘ラブミーチャン、かきつばた記念2年連続3着

 笠松競馬の快速娘ラブミーチャンは名古屋競馬場で5回走っている。いずれも浜口楠彦騎手とのコンビで、地方・中央交流重賞のかきつばた記念(GⅢ、1400メートル)は2年連続の3着と健闘した。当時はミーチャンの「追っかけ」で、レースの度に何らかの記事を出稿していた。11年のJBCスプリントでは、笠松競馬場での最終追い切りをチェック。東京盃2着に続いてスーニに敗れて4着だったが、NAR4歳以上最優秀牝馬の座を獲得した。

かきつばた記念で3着に食い込んだラブミーチャン。笠松の快速娘としてダートグレード5勝の活躍を見せた=2012年5月

 12年のかきつばた記念では名古屋のジーエスライカー(吉田稔騎手)と笠松のエーシンクールディ(尾島徹騎手)が逃げて、ラブミーチャンは3番手。第3コーナーから進出し先頭に立ち、最後の直線で粘り込もうとしたが、中央勢の差し脚に屈した。1200メートル以下の距離では強さを見せたが、1400メートルはやや長くて逃げ切れず。前年に続いてセイクリムゾン(岩田康誠騎手)に差し切られ、連覇を許した。2着は元笠松の柴山雄一騎手が騎乗したダイショウジェットだった。

■名古屋でら馬スプリント、習志野きらっとでラブミーチャンV3

 最速女王は華麗なる逃げで圧勝続き。13年、ラブミーチャンは地方競馬スーパースプリントシリーズの800メートル戦「名古屋でら馬スプリント」(北陸・東海)で3連覇を達成した。このレース名、名古屋モード全開で気に入っていたが、「オープン馬による先陣争いが激しく、第1コーナーで密集。接触し落馬事故などのリスクが大きい」として継続を断念。笠松でも誘致を遠慮し、4年前、金沢競馬で「日本海スプリント」として創設された。

 シリーズ最終戦「習志野きらっとスプリント」(船橋)では6歳になったラブミーチャン(森泰斗騎手)が1番人気で完勝。3連覇の快挙を達成した。「ラブミーチャンのために創設されたシリーズ」とも言われたスーパースプリント。笠松の最速女王は地方競馬のスプリント戦では全国で無敵だった。

 「第1回名古屋でら馬スプリント」の勝利ジョッキー浜口騎手は「久々の勝利で気分は最高です。スタートが良く、道中や直線でも楽だった」と快勝に満面の笑み。第2回も制覇し、自身の地方競馬通算2500勝を達成。ラブミーチャンとのコンビで、09年にはGⅠレースの全日本2歳優駿(川崎)も制覇し、2歳馬初のNAR年度代表馬に輝いた。 

■東海ダービーは名古屋勢26勝、笠松勢17勝

 東海ダービーでは18年、笠松のビップレイジングがサムライドライブを倒し金星。一昨年はニュータウンガールが制覇。過去51回で名古屋勢26勝、笠松勢17勝、金沢勢1勝、JRA勢が7勝となった。今年の東海ダービーは弥富で行われるが、1900から2000メートルに距離延長となる。新コースの初代王者は名古屋勢か、笠松勢か。

 名古屋競馬の名手として浮かんだのは坂本敏美騎手(リーディング13回、地方通算2483勝)、吉田稔騎手(同10回、地方2524勝、中央160勝)、岡部誠騎手(同15回、地方4441勝、中央19勝)の3人。岡部騎手は昨年、不祥事で開催日は少なかったが、笠松リーディングもゲットした。

「73年間、ありがとうございました。」とファンに感謝。最終レース後の閉場式も終わり、寂しさが漂う入場門

■サプライズ、名古屋競馬史上最高「3連単976万円」

 ラストデー、名古屋競馬場に一番乗りしたのは、午前3時に入場門に来た若者。昨年10月には、笠松競馬の入場再開でも一番乗りしていたが、名古屋ではネットカフェから直行したとか。「3月11日ということで、最終レースで買った3→11の馬単が当たりました」とにっこり。帰りも一般客では最後の一人となって「どんこ競馬」最後の日を満喫していた。

 サプライズは第4レース。名古屋競馬の史上最高配当を更新する大波乱があり、3連単で976万8430円。10頭立てで、細川智史騎手騎乗の5番人気スエヒロドラ(牝7歳)が勝ち、2、3着には8番人気、9番人気馬が入った。的中はたったの1票。最終日にとんでもない高配当が飛び出したものだ。 

■笠松競馬14日にレース再開、レディアイコも出走

 「次は、弥富で会いましょう」ということで、名古屋競馬が1カ月近くお休みになり、コロナ禍明けの笠松競馬は踏ん張りどころ。3月14日、16~18日の弥生シリーズでレースが再開される。16日には新緑賞トライアルの3歳オープン「子葉賞」が行われ、ドミニク、シャローナも出走登録。3カ月後に迫った東海ダービーをにらんで熱い一戦となる。

 17日には、オグリキャップの孫娘レディアイコが4Rに登場し、笠松2戦目で初勝利を目指す。メイン11Rはオグリキャップ記念トライアルの古馬重賞マーチカップ。老朽化した笠松競馬場の改修は進んでいないが、名古屋競馬場から「昭和レトロ」のラストパスはしっかりと受け取った。「ウマ娘」ファンの入場も増えており、笠松グルメを手に、のんびりと観戦していれば、幸運の馬券が春風に乗って舞い込むかも。