1999年10月、中央GⅡのデイリー杯3歳Sをアンカツさんで制覇したレジェンドハンター
「悲願達成まであと半馬身」だった。アンカツさんを悔しがらせた中央・芝GⅠ制覇への高くて厚い壁。笠松競馬では、伝説の名馬をレース名にした「レジェンドハンター記念」(SPⅢ、3歳以上・東海交流)が新設され、11月14日に開催される。これまであったウインター争覇を改称し、2005年の覇者でもあったレジェンドハンターをたたえる記念レースとした。
レジェンドハンター(笠松・高田勝良厩舎)は1999年、中央のデイリー杯3歳S(京都・芝、GⅡ)を6番人気で圧勝した快速馬。朝日杯3歳S(GⅠ)に笠松所属馬のまま挑戦し、2着に惜敗した。重賞を7勝(地方6勝、中央1勝)、芝では中京のテレビ愛知OPも勝ったレジェンドホース。記念レースとして懐かしい馬名がよみがえることになり「えっ、本当ですか」と地元の厩舎関係者やファンらを喜ばせている。父サクラダイオー(父の父マルゼンスキー)、母サクラソフティーという血統。
■オグリキャップのような「突然変異」再び
20世紀末、笠松から1頭の新星がまた中央重賞に挑戦し、あっさりと制覇した。朝日杯3歳S2着では「アンカツさんだし、抜け出して勝てると思ったよ」「デイリー杯の衝撃は忘れられないし、GⅠは本当に惜しかった」。当時からの笠松ファンはあの時の悔しさを忘れていない。自分もその一人で、いつか笠松の人馬が「中央芝GⅠ制覇」を達成し、リベンジを果たしてくれると果てしない夢を追い続けている。
2000年3月、名古屋・スプリングカップを勝ったレジェンドハンター(笠松競馬提供)
なぜなら、その後も南関東や道営の強豪でさえ、芝GⅠ奪取に手が届いておらず。かつて「地方競馬の雄」でもあった笠松競馬の所属馬が最初に達成する可能性が残されているからだ。地方・中央交流元年(1995年)にライデンリーダーが桜花賞に挑んで4着だったが、あれからもう30年。JRAファンには笑われるだろうが、まるで時間が止まったように、笠松の馬が芝GⅠを勝つ日を待っていてくれているように思えてならないのだ。オグリキャップやラブミーチャンのような「突然変異」ともいえる怪物が出現するのが笠松のいいところ。「中央との格差に地殻変動が起きて、地方の逆襲がそろそろ始まるかも」と期待している。
レジェンドハンター記念の新設は、そんな妄想を呼び覚ましてくれたのだ。華麗なるオグリ一族のオグリキャップ、オグリローマンの兄妹は中央移籍後に芝GⅠを制覇。ライデンリーダーは桜花賞など牝馬3冠レースを完走した。「笠松発のサクセスストーリー」。最後の直線で絶叫しながら応援し、1着ゴールでは歓喜に浸らせてくれた。
■笠松のレジェンドホースで4頭目の記念レース
笠松競馬ではオグリキャップ、ライデンリーダー、ラブミーチャンに続いて4レース目となるレジェンドホースの功績をたたえる記念レース。ただ3頭は引退後1年前後で記念レースが創設されたの対して、レジェンドハンター記念は2007年11月の引退から18年の時を経て誕生した。これぞ「レジェンドホース」の発掘であり、「ジェット機」とも呼ばれた笠松のスピード馬が、全国のファンから再び注目を浴びることになった。「笠松競馬の魅力向上を目指して記念レースに」という競馬組合の発案は名馬の里としても喜ばしいことだ。ウインター争覇を引き継いで「第43回」として実施される。
地方馬の中央芝GⅠ制覇に半馬身差まで最接近したレジェンドハンター。1999年6月の笠松デビュー戦は2着だった
デビュー前から超大物として騒がれたレジェンドハンターの馬名はファンへの公募で決まった。当時、笠松ファンの夢が詰まった強そうな名前だと感じたものだ。新馬戦から大きな注目を浴びて、堤防にも車列ができるほどの人気だった。10歳まで走り続けて61戦26勝、計9人のジョッキーが手綱を取った。
■「笠松版・伝説の新馬戦」お宝のゴールシーン
「オグリの里」では昨春、わが家に眠っていたレジェンドハンターのデビュー戦ゴール画像を、25年ぶりに発掘し紹介した。
「笠松版・伝説の新馬戦」。800メートル戦で逃げたマエストロセゴビアのレコード駆け(47秒9)に屈して2着に終わった。岐阜新聞の敏腕カメラマンは、翌朝のスポーツ面を飾ろうと、ゴール前で「笠松に新たな怪物出現」の1枚を狙っていたが、当てが外れて悔しがった。ごみ箱行きになりそうな画像のコピーを頂いたのだが、今となってはお宝のゴールシーンとなったのである。
■中央GⅠ挑戦、アンカツさん「笠松にもこれだけの馬が」
デビューから半年後、レジェンドハンターはGⅠの舞台で勝利まであと一歩。桜花賞4着のライデンリーダーを上回る結果を残した。地方ステップレースの金沢重賞「ほくてつ杯兼六園ジュニアカップ」を完勝すると、トライアルの京都・デイリー杯3歳ステークス(GⅡ)を6番人気で逃げ切って圧勝した。職場でテレビ中継を見ていたが、ゴールに向かって後続を突き放す姿に歓声を上げていた。
初めての芝コースでスピードの違いを見せつけた。天性のダッシュ力を見いだした高田調教師は「最初に見た時からバランスのいい馬と期待していた」。笠松所属馬での中央GⅠ挑戦でアンカツさんは「すごくうれしい。みんなそれが一番の楽しみでやっているし、笠松にもこれだけの馬がいることを見てほしい。3歳だし、まだまだ良くなる。自分の夢としても、もっと高いところを持っているから」とライデンリーダーで果たせなかったクラシック制覇にも狙いを定めていたのだ。
1999年12月、朝日杯3歳Sを制したエイシンプレストン(10)。右は2着のレジェンドハンター(9)=中山競馬場(代表撮影)
■朝日杯3歳S、芝GⅠ制覇まで「半馬身差」最接近
レジェンドハンターは地方馬による中央GⅠ挑戦の王道を駆け上がった。12月の朝日杯3歳Sでは惜しくも2着。4コーナーを回って先頭に躍り出て粘り込みを図ったが、坂上で脚色が鈍って、ゴール寸前で福永祐一騎手のエイシンプレストンのイン強襲に屈した。芝GⅠ制覇まで「あと半馬身」。現在も地方馬では最接近記録だ。
デビュー以来主戦のアンカツさんは「クッションが良く、すごいフットワークだった。ジェット機みたいで、スタートが桁違い」と笠松での騎乗馬ではオグリキャップ、フェートノーザンに続いてベスト3に入る高評価。「朝日杯では俺が下手に乗って負けちゃったなあ。もう少し我慢すれば良かった。中山では経験不足だった」とゴール前急坂での失速を悔やんだが、スピード豊かで乗り心地は抜群だったそうだ。
これまで地方所属馬による中央GⅠ制覇は過去にたった一度だけ。1999年のフェブラリーSで、岩手のメイセイオペラ(菅原勲騎手)が達成した。ダートで歴史を塗り替えたが、芝のGⅠではまだない。
■地方馬への「差別」にも泣き、クラシック戦線離脱
年明け、笠松・ゴールドジュニアを勝てば皐月賞トライアルへ挑めたが、球節のけがで断念。3月の名古屋・スプリングCを8馬身差で完勝。日本ダービートライアルへの出走権を得てファンの期待は高まったが、クラシック戦線は馬体故障で離脱した。地方馬が中央GⅠのトライアルに出るためには、地元でのステップレースを勝つ必要があり、ローテーションがきつくなるハンディがあった。結果的に、レジェンドハンターは順調さを欠いてしまった。
当時の競馬エース「掲示板」に無念の思いがつづられていた。「レジェンドハンターの皐月賞挑戦はかなわなかった。こういったたびに思うのは、中央でGⅡを勝ち、GⅠで2着になったほどの馬が、どうしてステップレースの代表選考レースに出走しなければならぬのか。差別だと思うし、逆に自らのGⅠ、GⅡの権威を否定するものともいえよう」。地方競馬ファンの悔しさが込められていた。
2003年、山崎真輝騎手の騎乗で「全日本サラブレッドカップ」(現・笠松グランプリ)を鮮やかに逃げ切ったレジェンドハンター
この年の笠松・ゴールドジュニアはミツアキサイレンスがブラウンシャトレーとの2強マッチを制した。皐月賞トライアルの阪神・若葉Sに挑み、15番人気で5着と健闘した。皐月賞出走には2馬身ほど届かなかった。
その後、レジェンドハンターは長く現役を続行。2003年には山崎真輝騎手の騎乗で、当時はダートグレード競走(JpnⅢ)だった「全日本サラブレッドカップ」(現・笠松グランプリ)も逃げ切り。中央の強豪スターリングローズ(福永祐一騎手)などを圧倒する価値ある1勝だった。
全日本サラブレッドカップ制覇のレジェンドハンターと喜びの山崎真輝騎手
■地方と中央、競走馬の実力差は拡大
朝日杯2着からは四半世紀が過ぎたが、レジェンドハンターの「芝GⅠ制覇まで半馬身差」を超えた地方所属馬はいない。地方馬が中央馬と互角に戦った世紀末の希望の炎はこのまま消えてしまうのか。馬券販売ではインターネットや「J-PLACE」で相互交流が進んだが、競走馬の実力差は拡大する一方だ。
地方では笠松、名古屋、高知、岩手など廃止寸前からV字回復を果たしたが、中央に乗り込んで戦えるような馬づくりは進んでいない。コスモバルク(北海道)のように地方所属のまま中央に挑戦し重賞Vを飾る馬は減り、2016年に札幌2歳Sを制したトラスト(川崎)が最後。坂路調教などで競走馬を鍛え、育成を図る中央との施設面での格差は大きい。運動量や安全面の確保、人手不足の解消では、ウオーキングマシンなどの活用が笠松などでも必要になってくる。
かつて強い馬づくりには、調教以外に午後の引き運動なども大切にされていた。マーチトウショウの厩務員からは「俺も1時間ぐらいやっていた」と聞いたし、ラブミーチャンと厩務員が厩舎エリアをぐるぐると回る姿を見かけたこともあった。最近は「そんな人はいなくなった」とも聞く。
昨年11月のウインター争覇を制覇したフークピグマリオンと今井貴大騎手
■レジェンドハンターも勝ったウインター争覇を改称
ウインター争覇は1978年に創設され、2010年に重賞に格上げ(12~17年休止)。1、2月に開催されてきたが、全国的なレース体系の再編もあって、昨年は1月に続いて11月にも開催され、フークピグマリオンが制覇した。レース名の「ウインター」が季節的にマッチしなくなったこともあり、レジェンドハンター記念に改称された。距離はこれまで通り1900メートルで東海ゴールドカップのトライアルレースとして実施される。
かつてのウインター争覇では、地方馬による中央のレースV第1号のリュウアラナスや、高松宮記念2着があるワカオライデンが勝っており、伝統のレース。10歳まで現役で走ったレジェンドハンターも2005年に8歳で制覇した。アンミツさん(安藤光彰騎手)を背に538キロの雄大な馬体で逃げ切った。20年後にはなったが「名馬、名手の里」でレジェンドハンター記念として再び脚光を浴びることになった。
笠松・ローレル争覇(2005年)を制したミツアキタービンと東川公則騎手
■ミツアキタービンはフェブラーSで2馬身差4着と大健闘
地方競馬在籍馬の中央GⅠ挑戦。2000年以降のフェブラーS(ダート)では、02年に船橋・トーシンブリザードがアグネスデジタルから1馬身差の2着。04年には笠松のミツアキタービン(田口輝彦厩舎)が12番人気で2番手から先頭に立ち、あわやのシーンを演じ2馬身差4着と大健闘。11年、船橋・フリオーソはトランセンドから1馬身半差の2着と敗れた。昨年は地方馬3頭が挑戦したが、南関東3冠馬ミックファイア(大井)が5馬身差7着が最高だった。今年はヘリオス(高知)が11着。近年やはり格差は広がっている。
芝ではコスモバルク(北海道)の皐月賞2着(1馬身4分の1差)、ジャパンカップ2着(3馬身差)はあるが、優勝には届かなかった。地方からのJRA移籍馬のGⅠ制覇はトウカイポイントが最後。盛岡競馬から移籍し02年のマイルCSを11番人気で制覇した。
■真の再生は強いスターホースが出現すること
地方に所属したままでの「中央芝GⅠⅤ」は夢のまた夢なのか。ハイセイコーやオグリキャップのような国民的スターホースの誕生は、地方出身の野武士が中央のエリート馬をバッタバッタとなぎ倒して、天下取りを果たすことが条件となる。地方発のサクセスストーリーは、都会で働く人をも勇気づける。わが身を重ね合わせて共感を呼び、社会現象にもなる。地方からの新たなヒーロー伝説を期待したい。
昭和生まれの馬券おやじ世代には「必ずまた笠松から中央へ乗り込んで、エリート馬をやっつけてくれる」とかすかな夢と希望を抱いて競馬場に通っているファンもいるだろう。経営難や不祥事に苦しみながらも逆風に耐えて、乗り越えてきたきた笠松競馬。インターネットでいくら馬券が売れても、スタンドの観客が減ってガラガラでは熱気もなく盛り上がらない。
日本一のスターホースとして語り継がれるオグリキャップを生んだ聖地。暗いトンネルを抜けて、光を見いだした笠松競馬場。「真の再生」には、強くて客を呼べる「スターホースが出現すること」だと厩舎関係者も熱烈な笠松ファンはみんな分かっているのだ。
地方と中央の格差は広がるばかりだが、地方馬が勝つ可能性がゼロではない。レジェンドハンター記念の誕生を機に「中央芝GⅠ優勝は笠松所属馬が第1号」への熱い思いが再燃してきた。レース開催を起爆剤に、笠松発サクセスストーリーの夢をこれからも厩舎スタッフやファンの皆さんと一緒に追い掛けていきたい。
イイネイイネイイネで全国重賞・くろゆり賞を制覇した筒井勇介騎手
■笠松所属馬、今年は重賞7勝で勢いを取り戻した
今年の笠松所属馬は重賞7勝とかつての勢いを取り戻しつつある。サヴァ(白銀争覇)、ミランミラン(ジュニアグローリー)、イイネイイネイイネ(くろゆり賞)と田口輝彦厩舎の重賞3勝は笠松再生への朗報となった。特に全国交流・くろゆり賞Vは価値ある1勝となった。
所属馬は地元交流重賞で25連敗と1年半も全く勝てなかった厳しい「冬の時代」を乗り越えて、かつての元気さを取り戻してきた。エイシンジョルト(笹野博司厩舎)は重賞2勝(撫子争覇、東海クラウン)、ゴーゴーバースデイ(後藤佑耶厩舎)では2年目の明星晴大騎手が重賞初Ⅴに輝いた。ネクストスター笠松ではヨサリ(笹野厩舎)が完勝。将来性豊かなスター候補へと名乗りを上げた。
レジェンドハンター記念新設を機に、全国の馬主さんには笠松競馬に有力馬を預けていただき、厩舎関係者にはより強い馬づくりに励んでもらいたい。
オグリキャップの夢よもう一度。現状では中央の重賞レースに挑める有力馬が皆無でノーチャンスだが、5年、10年後にキャップのような「突然変異の馬」が出現することを期待している。今回の記念レース開催を機に、レジェンドハンターで果たせなかったファンの夢「芝GⅠ制覇」を達成する地方馬出現を願って応援を続けていきたい。
☆ファンの声を募集
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(筆者・ハヤヒデ)電子メール ogurinosato38hayahide@gmail.com までお願いします。
☆最新刊「オグリの里4挑戦編」も好評発売中

「1聖地編」「2新風編」「3熱狂編」に続く第4弾「挑戦編」では、笠松の人馬の全国、中央、海外への挑戦を追った。巻頭で「シンデレラグレイ賞でウマ娘ファン感激」、続いて「地方馬の中央初Vは、笠松の馬だった」を特集。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、196ページ、1500円(税込み)。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー(ネットショップ)、酒の浪漫亭(同)、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。岐阜県笠松町のふるさと納税・返礼品にも。









