ウマ娘シンデレラグレイ賞」でにぎわった笠松競馬場内
同じ雨天で開催された鵜飼シリーズのスタンドはガラガラだった

 ここはウマ娘ファンでにぎわった笠松競馬場。徹夜組も多く、場内は笠松競馬デビューを果たした若者らで満員。夢のような時間が流れて盛り上がった。あれから2週間、5月の鵜飼シリーズでは、のどかな「日常の風景」が戻り、スタンドやラチ沿いはガラガラだった。

  それでも平日のメインレースでは、スタンドにアンカツさん夫妻の姿があったりして(奥さんがアドマイヤムテキのオーナー)ドッキリである。このギャップこそが、いまの笠松競馬の面白さでもある。

 ゴールデンウイーク初日だった「ウマ娘シンデレラグレイ賞」開催日の公式入場者数は4634人だったが、これは15時30分までのカウント数。その後は入場無料となって、17時25分発走のメインレースを見ようと、電車などで来場した若者や家族連れらも続々とゲートイン。コロナ対策で上限5000人(滞在人数)とされていたが、来場者の実数はもっと多かった。

 これに対して、平日開催の鵜飼シリーズの入場者は500~700人。ゴールデンウイーク中のウマ娘効果は、やはり限定的ではあった。それでも、場内を見回してみると、スタンドや馬券売り場、飲食店前などには若者グループの姿もちらほら。笠松競馬デビューを果たした聖地巡礼のウマ娘ファンたちにとっては、新たなストーリーも始まった。「今度はゆっくりと観戦したい」というリピーターや、シンデレラグレイ賞の盛り上がりを体感できなかったファンたちも来場。オグリキャップが育った聖地を見たいという若者は着実に増えており、笠松競馬の人馬に愛情を注ぐ「優秀なトレーナーさん」としても将来有望だ。

シンデレラグレイ賞を勝った芦毛のヤマニンカホンのメンコはタマモクロスカラー

■「ウマ娘馬券」だったシンデレラグレイ賞

 シンデレラグレイ賞を勝った芦毛のヤマニンカホン(牝4歳、森山英雄厩舎)は、中1週で5月11日にも出走。前走の深沢杏花騎手ではなく、主戦の大原浩司騎手が騎乗。B級に昇級して相手は強くなったが、スタートダッシュを決めて逃げ切ろうかという勢い。1600メートルに距離が延びて、ゴール直前で、1番人気・ジオルティ=岡部誠騎手=にかわされて2着となったが、成長を感じさせる好内容だった。 

 ところで、シンデレラグレイ賞の1、2着馬は「ウマ娘馬券」だった。ウマ娘血統のアグネスタキオンを母父に持つヤマニンカホンが1着で、ゴールドシップ産駒のメイショウイナセが2着という決着。出馬表に記載がある血統(父、母、母父)で、ウマ娘育成の実装キャラが絡んだのはこの2頭だけだった。

 レース直後からネット上でも注目されていたが、いわゆる「サイン馬券」というやつだ。オグリキャップ像前には、タマモクロスとオグリキャップの「ウマ娘 プリティーダービー等身大パネル」が設置されていたが、結果的にこの2頭が馬券的中へのサインをちゃんと送っていたのだ。

  また、勝ったヤマニンカホンは、タマモクロスカラーのメンコ姿が印象的だった。馬体も451キロで、現役時代に450キロ前後で出走していたタマモクロスとほぼ同じ馬体重。芦毛の毛並みもよく似た感じだった。

 上位人気馬で決まったシンデレラグレイ賞。ウマ娘馬券だけを買って的中したファンはびっくり。ネット上でも「女性騎手が騎乗していたし、ウマ娘が関係している血統の馬が勝ってすごい!」「初めての馬券購入でワイドが的中した。これがビギナーズラックってやつか。ありがとう」などと反響を呼んだ。

場内にはタマモクロス(左)とオグリキャップの「ウマ娘 プリティーダービー等身大パネル」も設置されていた

■タマモ・オグリ芦毛初対決の天皇賞・秋と同じ「⑨→①」で決着

 さらに馬券的にはもう一つ、1着、2着馬を着順通りに当てる「馬単」で驚きの事実があった。

 馬単は⑨ヤマニンカホン→①メイショウイナセの「⑨→①」で決まった。これはタマモクロスとオグリキャップが天皇賞・秋(1988年)で初めて対戦。「芦毛対決」として大いに盛り上がったレース結果と同じだった。⑨タマモクロス1着、①オグリキャップ2着と⑨→①で決着。当時は馬単どころか馬連の馬券もなく、連勝式は枠連のみで、2頭は単枠指定されていた。

 単勝はオグリキャップが1番人気で、オッズは2.1倍。タマモクロスは2.6倍で、枠連は2.4倍だった。当日はオグリの応援馬券を買おうと、場外馬券売り場のウインズ名古屋にいた。オッズの動きに注目しながら、「重賞6連勝中のオグリはタマモより強いはず。最強馬を決める頂上決戦だ」と、当時はバブル期でもあり、オグリの単勝に思い切って10万円を突っ込んだ。その結果、オグリもよく追い上げたがタマモとの「1馬身4分の1差」は詰まらず、GⅠ初Vには届かず2着に終わった。漫画化されたシンデレラグレイでも伝説の芦毛対決を再現。漫画では、タマモクロスが笠松場内の飲食店できしめんを食べるシーンもあったが、来場したウマ娘ファンも実際に注文してその味を堪能。コラボ企画はご当地グルメにも浸透していた。

 シンデレラグレイ賞のレースではスタート時、スタンド前、そしてゴール後には夢舞台のフィナーレをたたえる拍手が長く鳴り響き、ファンは「馬券は外れたけど、謎の一体感があって楽しかった」とも。この思いは、オグリキャップがラストランの有馬記念を勝って、場内に響き渡った「オグリコール」に通じるものがあったのでは。馬券は当たらなくても「オグリすごいぞ、頑張ったな」と名馬の復活をたたえ、その感動を共有できた喜びだった。雨の中ではあったが、笠松のシンデレラグレイ賞でも、オグリの聖地で早朝から並んで芦毛レースを観戦できた感激を純粋に表現してくれたのだろう。

 中央馬を倒すような数々の名馬を育て上げてきた「ワンダーランド・笠松」のヒロインとなった深沢騎手。「ディズニーのキャラクターのアリスが好きなので」と、勝負服もアリスを連想させるようなデザインにしたという。芦毛馬ヤマニンカホンとの人馬一体での共演で、この日の「主演女優」にふさわしいラストシーンを華麗に飾ってくれたのだった。

桜並木を通り抜ける名鉄電車の前では、笠松競馬の熱戦が繰り広げられていた

■「古き良き」残しつつ、新たな魅力アピール

  メジャーリーグでは、元祖二刀流のベーブ・ルースが活躍したレッドソックス本拠地フェンウェイ・パークで、エンゼルスの大谷翔平選手が投手として初勝利を飾った。1912年に開場したメジャー最古の球場で、高さ11.3メートルもある左翼フェンスの「グリーンモンスター」が有名だ。何度も新球場計画が浮上したが、ファンの反対で断念。古き良き球場としての伝統を残しつつ、新たな魅力を加味して楽しさをアピールしているという。

 老朽化が進んでいる笠松競馬場でも、当面はそういった路線で現状ある施設を生かしながら、新たな魅力を創出していきたい。「笠松競馬、味があって昭和レトロの連ドラのセットかと思うくらいすごい」といったファンの声があるほどだ。近代的でおしゃれになった名古屋競馬場とは違った魅力をアピールする意味でも、「昭和レトロ感」は貴重な観光資源。来場したお客さんがスタンドでご当地グルメを賞味しながら、間近で迫力あるレースを観戦できる場を大切に守っていきたい。

 春には名鉄電車が木曽川橋の鉄橋を渡って桜並木を通り抜け、その前で繰り広げられる熱い走るドラマ。のどかな田畑も広がり、ホッとできる空間である。笠松も名古屋もよく訪れている若者は「やっぱり笠松の方が好きだなあ。開放感があって」と話していたが、場内に一歩足を踏み入れると、その思いがよく分かることだろう。

■国枝栄調教師「コラボで入っていくのは、すごく面白くていいね」

 ウマ娘ブームによる聖地巡礼ファンが笠松競馬場で増えていることについては、JRAでアーモンドアイを管理した国枝栄調教師が昨年末に答えてくれていた。

 「ウマ娘ですね。サイバーエージェントね。いまの世の中、想像がつかないようなバーチャルとか、いろいろなデジタルとかがある。それにコラボで、いいコンテンツとして(競馬の世界に)入っていくのはすごく面白くていいね。トラディショナルなところはキチッとやっていくのは必要でしょうが、(ウマ娘とかを)一般ファンとして捉えて、話題を提供していくのは、それはそれでいいと思いますよ」

ご当地グルメを堪能できる笠松競馬場内の飲食店

 今回の「ウマ娘シンデレラグレイ賞」は大ヒット。来年以降もオグリキャップ記念シリーズで続けていきたいコラボレースだ。週刊ヤングジャンプでの漫画の連載は当分続きそうだし、昨年1月に予定されていて中止になった「ウマ娘協賛レース」としての連携が、オグリキャップの聖地で実現できるといい。

 笠松競馬としても、ウマ娘効果を生かして独自のアイデアをひねり出して、単発ではなく、継続的に場内での楽しさをアピールしていきたい。開催日に「オグリキャップ&ウマ娘」の似顔絵コンテストを行うとか、飲食店では丸金食堂で登場した「チョコバナナ」のようにインスタ映えするスイーツなども考案して販売してもらうとか、ファンたちがレースとともに、ちょっと楽しめる手づくりのイベントを企画できるといい。笠松競馬としても得意な分野でもあり、お盆開催のイベントや秋まつりなどで期待したい。

■笠松、3月中旬から9週連続でレースがあった

 昨年は不祥事で8カ月間もレース中止となり、今年も2月にコロナ禍による騎手のクラスターが発生して1開催が取りやめになった。その後は順調で「レース開催日が多いな」と思ったら、驚きの事実が判明。名古屋競馬場移転による変則開催もあって、笠松競馬は3月中旬から9週連続でレースが行われていたのだ。月曜など週1日だけの開催も含めたものだが、こんなことは日曜から金曜まで連続6日間開催されていた昭和の時代にもなかったこと。本年度は開催日数を95日から99日に4日間増やしており、ファンにはより多くのレースを楽しんでもらい、ネットなどでも馬券販売を伸ばすチャンスである。

交流重賞を中心に全国を駆け回る笠松所属の新たな「鉄の女」ナラ(笠松競馬提供)

■全国転戦、新たな「鉄の女」ナラが笠松で勝った

 笠松競馬には、実力的にはマイナーではあるが、頑張っている牝馬がいる。東海ダービー馬・エレーヌをはじめ、トウホクビジン、タッチデュールに続く新たな「鉄の女」ナラ(牝6歳、伊藤勝好厩舎)である。全国の重賞戦線を駆け抜けており、10日の笠松戦では1年5カ月ぶりの勝利を飾った。

 今年3月以降では7戦目。交流重賞を中心に、川崎・エンプレス杯=元笠松の阪上忠匡騎手=から高知・黒船賞=浜尚美騎手=、船橋・かしわ記念=深沢杏花騎手=など各地を転戦。交流GⅠ→笠松C4級という恵まれた条件では、中4日での過酷なローテーションでもさすがに負けられなかった。

 松本剛志騎手の騎乗で2番手から先頭を奪って押し切った。通算12勝目でいずれも笠松での勝利。「また出ている。休ませてあげて」と心配するファンの声もあるが、そのタフネスガールぶりは、笠松競馬をアピールしてくれるスターホース的存在でもある。交流重賞では100メートル以上離されてゴールすることも目立つが、競走馬は無事ゴールすることが第一。南関東などでもファンが多い馬。交流重賞ではしっかりと出走手当を稼いでくれて、丈夫で元気。全国区での奮闘は、地方競馬の競走馬としての模範も示してくれている。

笠松競馬場内では、平日でも若いファンが増えてきた 

■「昭和のテーマパーク」を探検する気分で

 ファンの間では「笠松競馬場がなかったら、オグリキャップというスーパーホースは誕生しなかった」という声もある。日本競馬の歴史を塗り替えて、歴代の名馬でも最も人気があるオグリキャップ。その伝説の始まりとなった聖地にゲートインしたウマ娘ファンのストーリーは、まだスタートしたばかりだ。
 
 ウマ娘のトレーナーでもある皆さんは、1回来たぐらいじゃ笠松競馬の競走馬や場内の魅力はよく分からないのでは。雨の中で見えにくかったでしょうが、内馬場にはパドックだけじゃなく、田畑や墓地もある。レースがない日でも、土日にはJRAの馬券が買えるし、場外発売所はほぼ毎日オープンし、オグリキャップのブロンズ像が出迎えてくれる。昭和の時代から時間が止まったままのテーマパークのような笠松競馬場内を、ぶらぶらと歩きながら探検してみるのも面白いだろう。