東海ダービーを制覇した名古屋・タニノタビト(岡部誠騎手)と、2着の笠松・イイネイイネイイネ(渡辺竜也騎手)。1、2番人気でパドック周回から火花を散らした

 逃げるタニノタビト(角田輝也厩舎)を、イイネイイネイイネ(田口輝彦厩舎)が猛追。東海地区クラシックロード2冠目「第52回東海ダービー」(SPⅠ、2000メートル)は、岡部誠騎手(45)と渡辺竜也騎手(22)の名古屋、笠松競馬リーディング(今年)2人による名勝負となった。

 ゴール手前では「大外からイイネが、まくっちゃうかも」という勢いだったが、最後はタニノタビトが踏ん張って「東海2冠」に輝いた。岡部騎手は2008年のヒシウォーシイ以来14年ぶり2度目の東海ダービーV。角田輝也調教師は4度目の制覇となった。

 弥富市に移転した名古屋競馬場で7日に行われた3歳馬の頂上決戦。断トツ1番人気のタニノタビトは、前走の1冠目・駿蹄賞では後続に2秒以上の大差をつけて圧勝。2着・イイネイイネイイネの渡辺騎手は「岡部さんなんですよ、やっぱり。神騎乗でしたね」と名手の好騎乗に脱帽していたが、巻き返しに燃えていた。

 8枠に入った両頭。岡部騎手はレース後「パドックでオッズを見たら、1.2倍だったんで、ちょっと緊張しましたが、ワールドオールスターの予選でも優勝したんで『自分ならできる』と言い聞かせて騎乗しました」と気合を注入したという。イイネイイネイイネは6.6倍の2番人気で大本命に挑んだ。

タニノタビト(岡部騎手)がアタマ差で、イイネイイネイイネ(渡辺騎手)を破りゴールイン。東海ダービー馬に輝いた(笠松競馬提供)

■岡部騎手「頼むから残ってくれ」激しいたたき合い

 レースは、レイジーウォリアー(塚田隆男厩舎)=丸野勝虎騎手=が逃げて、タニノタビトとイイネイイネイイネは4、5番手を追走。岡部騎手は「内側にイイネイイネイイネもいたので、先に動かれるよりと、ポジションを取りにいって、前走のように早めにゴーサインを出しました」と勝利へのポイントを分析。

 3コーナー手前から動いたタニノタビトは、4コーナーでは先頭。「ちょっと外々を回りすぎて、しまいはフワフワとして危なかったですね」。イイネイイネイイネを徹底マークして抜け出した最後の直線では「いやもう、4コーナーを回って『走りたくない』という感じになっちゃって、『頼むから残ってくれ』と。外にイイネが来てるのは分かっていてたんで、必死でした」と振り返った。

 3~4コーナーでは先頭から5馬身ほど引き離されたイイネイイネイイネは、4コーナー手前から闘志に点火。ギアを上げて大外を回って追撃態勢に入ると、最後の直線では、スタンドや外ラチ沿いを埋めたファンも息をのむ、名古屋・笠松の若駒2頭と名手による激しいたたき合いとなった。

残り200メートルを切って、8枠の2頭が追い比べ。先頭に立ったタニノタビトを、外から追撃するイイネイイネイイネ(名古屋競馬提供)

■「ダービージョッキー」の座、アタマ差で届かなかった

 直線が240メートルに延びた新コース。タニノタビトに猛然と襲いかかるイイネイイネイイネ。今年の全国リーディング・岡部騎手と、笠松の若大将・渡辺騎手との追い比べ。ラスト200メートルを切って、前を追って併せ馬のような競馬に持ち込み、勢いでは完全にイイネイイネイイネが上回っていた。

 「ついに渡辺騎手がダービージョッキーの夢をゲットするのか」。右ムチをうならせる両者。一追いごとに差は縮まったが、岡部騎手も必死。タニノタビトに最後の力を振り絞らせ、「アタマ差」で先にゴールイン。冷や汗の勝利となったが、駿蹄賞に続いて2冠を制覇した。3着にはさらに3馬身差でパピタ(錦見勇夫厩舎)=丹羽克輝騎手=。牡馬3頭が上位を占めた。

 抜かせなかった強さについては「後ろの馬が見えて、もう1回頑張ってくれた。能力的にはすごくいいものがあり、少しずつ競馬を覚えてくれたら、もっと大きいタイトルも狙え、先が楽しみな馬です」とさらなる成長に期待を寄せた。

イイネイイネイイネに騎乗した渡辺騎手。優勝にはあと一歩届かず、悔しい2着だった

 最後の直線での勝負に懸け、一歩及ばなかったイイネイイネイイネと渡辺騎手。「ゴールラインがもう5メートル先なら」と思わせる惜しい敗戦だった。それでも前走の大差負けから、アタマ差まで詰め寄った大健闘のレース内容。2着の枠場に入った人馬を前に田口輝彦調教師は「これが競馬だよ」と渡辺騎手を優しく出迎えた。

■渡辺騎手「悔しいです」、馬主ら「よく頑張った」

 優勝セレモニーは検量室前で行われたが、その奥では渡辺騎手が「折り合いはついていたんですけどねえ」と悔しそうな表情。東海地区のホースマンが最も勝ちたいレースでの「アタマ差」の敗戦に、ほろ苦い思いも味わっていた。

 吉田勝利オーナー、田口調教師にとっても東海ダービー初制覇の夢をつかむ大きなチャンスだったが、2人とも「よく頑張った、頑張った」と、愛馬と渡辺騎手にねぎらいの言葉。「満足のいく攻め馬ができています」と中間は乗り込み量を増やし、「きょうは具合も一番良かったんですけど」と渡辺騎手。「笠松からダービージョッキーを」と期待した声には、「本当に申し訳ないです」と責任を痛感。オーナーはアタマ差での負けに「興奮してアタマが痛くなった。でも次にやったら勝てるということが分かった。力をつけて同じような展開になったら」と手応えも感じていた。

 渡辺騎手、今回は笠松所属馬での参戦で気合が入っていた。駿蹄賞での大差負けでは「むしろスッキリ」だったのが、ダービーでのアタマ差負けは「あまりにも惜しい」レースとなった。最後の直線での手応えは「良かったですよ」。もう一追いだったが、今の心境は「悔しいです」の一言。田口調教師は「これで渡辺騎手が一皮むけるでしょう」とこの貴重な経験を糧に成長を期待。吉田オーナーからも激励され、「いやあ悔しいですね。リベンジします」と前を向いた。

東海ダービーを制覇したタニノタビトと岡部騎手ら喜びの関係者

■アンカツさんは25歳、岡部騎手は31歳でダービー初制覇

 競馬の神様がいたら「まだダービージョッキーは早いよ」ということか。東海ダービー4勝のアンカツさんは25歳で初制覇。岡部騎手の1勝目は31歳だった。まだ22歳の渡辺騎手。来年以降、何度でもチャンスは巡ってくるだろう。今回、勝利の女神はほほ笑まなかったが、見応えのある好勝負にファンも興奮した。
 
 イイネイイネイイネの最後の追い込みを、ウマ娘ファン向けに、オグリキャップのレースに例えれば、秋の天皇賞でのタマモクロスやスーパークリークとの対決、ジャパンカップでのホーリックスとの死闘か。強烈な末脚で追ったが届かず、オグリはいずれも2着に敗れたが、ファンの心をわしづかみにした。勝てなかったが、持てる力を存分に発揮したイイネイイネイイネ。「負けて強し」の好内容で、その馬名とともに応援するファンは全国的に増えたことだろう。

 4戦連続での重賞2着と、またも「シルバーコレクター」ぶりを発揮してしまったが、田口調教師は次戦について、順調なら金沢での「MRO金賞」挑戦を視野に入れている。堅実さは抜群で、突き抜けるような勝負強さも必要となるが、1戦ごとに成長しており、次こそ重賞初Vに手が届くのでは。

 渡辺騎手は、ダービー翌日の名古屋8Rでは、9番人気の馬に騎乗して勝利。名古屋で今年5勝。メインレースで2勝するなど、新しい馬場への対応力を発揮し、弥富の厩舎への信頼も高まりつつある。東海3冠レース最後の1冠は8月25日の「岐阜金賞」。吉田オーナーにとっては、ニューホープ、ダルマワンサで2年連続制覇した相性の良いレース。タニノタビトがドリームズライン以来5年ぶりとなる「東海3冠馬」を目指して、岐阜金賞に参戦してくれれば、イイネイイネイイネにも地元で逆襲のチャンスが生まれる。九州ダービー栄城賞(佐賀)でも岡部騎手が騎乗した佐賀・オリベが、イカニカンの強襲に屈して2着。吉田オーナーの持ち馬は佐賀、名古屋と「ダービー」でも2着続きとなった。

 タニノタビトを東海ダービー馬に導いた岡部騎手と角田輝也調教師(右)(名古屋競馬提供)

■タニノタビトはジャパンダートダービー挑戦へ

 優勝騎手インタビューで岡部騎手は「前回強くていいパフォーマンスをして、きょうは圧倒的人気だったんですけど、本当に頭が下がりますね」。2冠を達成できて「最後はいっぱいになって遊んじゃったんですが。もうちょっと大人になってくれれば、とてつもない馬になるのでは」とも。自身、東海ダービー2勝目で「みんなが勝ちたいと思っているレースを勝たせてもらって、馬にもオーナーにも厩舎関係者にも感謝です」と喜びを語った。

 角田輝也調教師は「ここへ向けて体力、メンタルをベストに近い状態に調整してきました。大差勝ちした駿蹄賞は展開が向いた感もあり、あとは岡部騎手に任せますよ」と自信を持って臨んだレース。「アタマ差でしたが、正攻法のレースで勝てて良かった」。トレーナーとして2004、05年に連覇。09年のダイナマイトボディ以来13年ぶりとなる東海ダービー制覇で喜びも大きかった。この勝利で出走権を獲得したジャパンダートダービー(7月13日・大井)にもチャレンジする構えだ。気性面の成長とともに遠征での課題をクリアし、東海発のスターホースとして全国へ大きく羽ばたきたい。

■イイネイイネイイネは珍名馬の本領発揮

 ところで、このレースの映像を見直してみると、イイネイイネイイネは珍名馬の本領を発揮していた。ゲートインの際のレース実況で「最後にイイノ?イイネイイネが収まります」と呼ばれていたのは笑えた。3着に入った新春ペガサスカップのゴールでは「イイネイイネ」とイイネが2回に短縮されたりと、馬名での面白さも。レース実況では、タニノタビトが馬名を計10回呼ばれたのに対して、イイネイイネイイネも計10回アナウンスされ、登場回数では「同着」だった。

 笠松のドミニクに騎乗した向山牧騎手と、シャローナに騎乗した加藤聡一騎手

■笠松生え抜きのドミニク4着、牝馬では最先着

 笠松生え抜きのドミニク(後藤正義厩舎)は昨秋の名古屋・ゴールドウィング賞で重賞初Vを飾った「笠松の最優秀2歳馬」。東海ダービーでも向山牧騎手が騎乗。4番人気で豪脚が期待され、後方から徐々に追い上げたが、4着が精いっぱい。向山騎手も東海ダービー初制覇はならなかったが、牝馬5頭のうちでは最先着。笠松のスターホースの1頭でもあり、成長を期待。笠松もう1頭のシャローナも田口厩舎から参戦。4月に弥富で3着があった馬で、名古屋の加藤聡一騎手が初騎乗したが、後方のまま12着に終わった。

 シャローナの主戦は藤原幹生騎手で、3日の追い切りにも騎乗していた。順調に仕上がっていたが、藤原騎手はその日、笠松での2歳新馬戦のスタートで落馬負傷のアクシデント。関係者によると、騎乗馬の後ろ脚と接触し、肋骨を5本ほど骨折する重傷を負ったが、既に退院し、復帰を目指して療養中だという。攻め馬が始まる前など、日頃から体をよく鍛えている藤原騎手だけに回復が早いのでは。「地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ」で準優勝するなど好調だっただけに戦線離脱は残念だが、笠松では現役でただ一人のダービージョッキーでもあり、「名手の復活」を待ちたい。

 ワールドオールスタージョッキーズ壮行会で、騎手仲間らと並んで激励を受けた岡部騎手(中央)

■岡部騎手、ワールドオールスターで「優勝します」

 岡部騎手は佐賀、浦和で行われた「地方競馬ジョッキーズチャンピオンシップ」でも総合優勝。東海ダービー前の8R終了後には、8月27、28日に札幌競馬場で行われる「ワールドオールスタージョッキーズ」(国際騎手招待競走)出場に向けた壮行会も開かれた。

 名古屋競馬の騎手では初めて代表切符を手にして、「世界中の素晴らしいジョッキーも来てくれて、いろいろと吸収して技術が上がるようにしたいです。新しいステージへ行けて、名古屋をはじめ東海のジョッキーの代表として、札幌でもいい結果を残せるよう頑張りたい」と闘志。最後に「優勝して帰ってきます」とファンに向かって力強く宣言。大きな拍手とともに、関係者から花束が贈られて激励を受けると、騎手仲間らが勢ぞろい。ファンとともに、世界の夢ステージでの岡部騎手の活躍を願っていた。

 乗りに乗ってる岡部騎手。8、9日にはJRA交流戦で中央馬に騎乗し連勝。ピーチ賞では名古屋初参戦の今村聖奈騎手を、ひとまくりで2着に退けた。ネプチューン賞では、イイネイイネイイネの吉田オーナーのJRA持ち馬・ナムラゴローで勝利。最後の直線、ミラクルな差し返しでハナ差V。「岡部マジック」が鮮やかに決まった。

■2歳馬デビュー、ダービー制覇の夢は来年へ

 東海ダービーでの勢力図は、名古屋勢27勝、笠松勢17勝(このほかJRA勢7勝、金沢勢1勝)となった。最多の東海ダービージョッキーはアンカツさんと今井貴大騎手の4勝。競走馬には最初で最後のレースとなるが、騎手にとっては毎年チャンスが巡ってくる。

 渡辺騎手の東海ダービー挑戦は今回で3度目。これまでは名古屋の馬で4着、6着だったが、イイネイイネイイネとのコンビで笠松馬には初騎乗で大健闘の2着となった。近年、全国の地方競馬では、馬のレベルがやや低いともみられている東海地区。中央馬を圧倒したかつての栄光はかすんでしまったが、名古屋、笠松のホースマンがお互い競い合うことで、一層のレベルアップを図っていきたい。

 笠松では2歳馬たちもデビューしたが、夏から秋へと成長し、ラブミーチャン記念やライデンリーダー記念などでの対決が楽しみになる。渡辺騎手は6年連続笠松リーディングの名門・笹野博司厩舎に所属。今年味わった悔しさと大きな経験を生かして、今度はできたら自厩舎の2歳馬を攻め馬から育て上げて、東海ダービー制覇を目指したい。