開店1周年を迎え、常連客と乾杯で祝う黒木諭さん(左)=今月23日、岐阜市黒野、コマメヤ

 黒野城跡に近いバス通り。古びた倉庫の軒先にちょうちんがかかる。縄のれんをくぐると、カウンターは酔客でにぎわっていた。

 昨年8月オープンの居酒屋「コマメヤ」(岐阜市黒野)は25席のこぢんまりした店ながら、ネタケースにはノドグロやメヒカリなど珍しい魚が並ぶ。初物のサンマも早速仕入れた。

 「みんなが手出ししにくい魚を買ってくるのが好きでね」と店主の黒木諭(さとし)さん(60)。毎朝、岐阜市中央卸売市場に通い、名古屋から届いた魚が並ぶのを待って品定めする。飛び出した目が特徴の赤い高級魚メヌケは、その場で動画に収め、店のインスタグラムにアップした。

 岐阜市の繁華街・玉宮地区の居酒屋グループ「ぶらっ菜(さい)」で長く魚の仕入れを担当した。まだ発祥の柳ケ瀬に店があった28年前に入り、岐阜駅の近くに初めて出店した「まぐろう」の店長も務めた。まだ玉宮の黎明(れいめい)期。「忙しくて忙しくて、店の前は行列、席は相席。『やるんだったら駅前だ』とそれから出店が増えた」

 グループ全体の魚を任された目利きは、「魚の良さは、店としての生きの良さ」と思うに至る。新鮮な魚が客を呼び、調理人は鮮度を気にして手早くなる。店員同士の声掛けも自然と大きくなり、魚河岸のような活気につながる。

 2007年の飲酒運転の厳罰化で人の流れは柳ケ瀬から駅に近い玉宮に移り、隆盛を極める。「忙しすぎて寝る間もなかった」。グループは玉宮周辺に7店、海外2店の規模に成長し、地区全体では数百軒の飲食店がひしめく。

 だが、黒木さんは昨年3月末でぶらっ菜を辞めた。特別支援学校に通う長女(17)が卒業後、家族と一緒に働く場をつくるのが目的だった。足立文博社長(61)は「地元に密着して頑張れよ」と背中を押してくれた。

 イタリアンや洋食店の経験もあり、カフェ併設のパン店も考えたが、選んだのはやはり居酒屋だった。「こじゃれた商売より、カウンターでお客さんと向き合う直球勝負が性に合う」

 コロナ禍の不安の中での独立。それでも、地元はもちろん、遠方からもバスに揺られて客が訪れ、連日満席の人気店に。開店1周年の今月23日は、常連客がケーキでお祝いしてくれた。「真面目にやっていれば、真面目なお客さんが付くんだね」。客のおごりのビールで乾杯を繰り返す黒木さんの顔がほころんだ。