「敬馬賞」を制覇した10歳馬ツクバキセキと見つめ合う深沢杏花騎手

 準重賞を勝って、初めてのお立ち台で笑顔がはじけた。金沢競馬場で9月19日に行われた「敬馬賞」(1400メートル)。笠松競馬から参戦した深沢杏花騎手(21)が10歳牡馬ツクバキセキ(大橋敬永厩舎)に騎乗し、鮮やかな差し切り勝ちを決めた。

 敬馬賞は、9歳以上のC級高齢馬が対象。前日の「敬老の日」に合わせたユニークなレース。今年から北陸・東海地区交流の準重賞に格上げされた。10頭立てで、このうち7頭が100戦以上を経験。笠松からは9~11歳馬4頭が参戦した。深沢騎手をはじめ、松本一心騎手、長江慶悟騎手、東川慎騎手の若手4人が騎乗。残暑が厳しく、輸送疲れもある高齢馬にとっては過酷な条件。けががないように、いたわリながらの騎乗となった。

パドック前で歓談する長江慶悟騎手(左)と深沢騎手

 ■断トツの1番人気「笠松の馬が上だな」

 笠松の若手騎手が遠征先で4人もそろうことは珍しく、装鞍所からパドックに向かうと、待機中も歓談し楽しそうだった。
 
 ツクバキセキは、笠松A級でも入着の多い実力馬だが、金沢での賞金計算方法ではC級に該当し、選出された。深沢騎手は初騎乗だったが、専門紙にも◎印が並び、断トツの1番人気(単勝1.3倍)に推された。

 パドック周回では、地元のファンから「ここでは時計上位だし、深沢騎手は通算100勝を達成し、追えるようになった。『-2キロ』(負担重量)でもあり、乗せてもらった感じ。どう考えても笠松の馬が上だな」といった声も聞こえてきて、ちょっとうれしくなった。「内馬場パドック」の笠松と違って、馬との距離も近く、金沢の常連さんは「なかなか鋭く、よく知っているな」と感じた。

敬馬賞、1着ゴールを決めたツクバキセキと深沢騎手(笠松競馬提供)

 ■10歳馬ツクバキセキが、逃げた9歳馬を差し切り

 レースは、金沢の甲賀弘隆騎手が騎乗した9歳馬イーゼルが逃げて、松本騎手のラディアンスウェイ(牡9歳、加藤幸保厩舎)が2番手、長江騎手のネイバルエンスン(セン馬11歳、大橋敬永厩舎)が3番手を追走した。

 中団待機のツクバキセキは3~4コーナーから早めに押し上げ、4コーナーを回ると一気に先頭を奪った。食い下がるイーゼル。最後は底力を発揮したツクバキセキが、イーゼルを振り切って1馬身差でゴール。高齢馬同士だが、若々しいレースぶりで熱戦を繰り広げた。

ラディアンスウェイで3着に食い込んだ松本一心騎手

ネイバルエンスンに騎乗し、4着に粘り込んだ長江騎手

 ■松本騎手3着、長江騎手4着で全馬無事ゴール

 2着イーゼルは最低人気で大健闘、馬連は万馬券を呼んだ。最後、内から伸びた松本騎手のラディアンスウェイが3着。長江騎手のネイバルエンスンは4着。東川騎手のサンライズサーカス(牡10歳、伊藤勝好厩舎)は10着に終わったが、出走した10頭が「無事ゴール」を果たしてくれて、まずは良かった。

ツクバキセキで準重賞を初制覇。笑顔がはじける深沢騎手

 ■ツクバキセキに感謝し、見つめ合った

 最高気温32度超の金沢地方。最終レースは午後6時発走で日は沈み、やや薄暗くなった場内で優勝馬の口取り撮影。深沢騎手は、勝利をプレゼントしてくれたツクバキセキと見つめ合い、顔に手を伸ばして感謝の思いを伝えた。「緊張するなあ」と向かった先では、馬主さんも調教師の先生の姿はなく、たった一人での表彰式。お立ち台に上がった深沢騎手には、次々と表彰状や記念品が手渡され、主催者やファンらの祝福を受けた。

 金沢には、ナラで挑んだ重賞やヤングジョッキーズでも参戦してきたが、デビュー4年目で、初めて味わったお立ち台からの景色。笠松では「地方通算100勝達成」セレモニーで経験していたが、準重賞Vでの表彰式は格別だった。ファンの前での優勝騎手インタビューはなかったが、喜びの声を聞くことができた。

表彰式でお立ち台に上がった深沢騎手

 ■「早めに仕掛けて、4コーナーで勝てると」

 断トツの1番人気だったが、プレッシャーはあったのか。「ちょっとありましたが、馬が強いのは分かっていたので、自分が馬のリズムとかを邪魔しなければ勝てると思っていました」と自信を持って騎乗した。ポジション的には先団のすぐ後ろで「普段の笠松のレースでは、あまり前に行っていなかったのですが、いい位置を取れました。先生からは特に指示はなく、好きに乗っておいでと。ゲートだけ気を付けてと言われました」。

 勝った瞬間は「あー、うれしかったですね」。どの辺りで勝ったと思ったのか。「4コーナーですね。前の馬だけ捕まえたらもう大丈夫だあと思っていたんで。あとは気持ち良く走ってくれたらと」。最低人気の10番の馬が逃げて粘っていたが「楽に逃げてたんで、ちょっと焦りましたね。3~4コーナーで『アレッという感じで』。前が止まらなさそうだったんで、ちょっと早めに仕掛けました」。ツクバキセキと同厩舎の馬で、長江騎手のネイバルエンスンも先行策で2番手につけていたが「慶悟(長江騎手)には悪いですが、先に行かせてもらいました」と会心のレースを振り返った。

表彰式後、深沢騎手はファンにどら焼きをプレゼントした

 ■「先生と馬主さんに騎乗機会を頂いて感謝」

 準重賞という大きいレースを勝つのは初めて。「(笠松では)オープンまでしか勝っていなかったです。これまで何回も乗った金沢での勝利も初めてだったんで、うれしかったです」。ツクバキセキについては「レースでの騎乗は初めてでしたが、調教の時と変わりない状態で、いい感じに入れ込んでくれていたので。このメンバーなら勝てると思い、その通りに乗れて良かったです」と喜びをかみしめていた。

 ツクバキセキは通算135戦目となったレースで、積み重ねた白星は16個目。「頑張ってくれていますね。今回は先生と馬主さんに騎乗機会を頂いて、いい状態の時に乗せてもらえて感謝の気持ちでいっぱいです。初めて準重賞を勝つことができ、いいレースになりました。笠松に戻ったら、自分が乗るかは分からないですが、A級でもこれを機にまた頑張ってほしいです」。人気馬に乗れたのは超ラッキーだったし、最高のパフォーマンスを見せることができた。

 ■どら焼きを配りながらファンと交流、ワンマンステージ

 表彰式後、深沢騎手は色紙へのサインや記念写真の撮影に応じながら、ファンと和やかに交流。金沢競馬場移転50周年を記念した「どら焼き」も100個用意され、ファンにプレゼント。「おめでとう」の声が飛ぶ中、一人一人に「ありがとうございます」と感謝しながら丁寧に手渡し、交流を深めていた。夕闇に包まれた金沢競馬場でのメインレースは、深沢騎手のワンマンステージとなって幕を閉じた。

 ところでツクバキセキという10歳馬、父はキンシャサノキセキだ。今年5月、笠松での8頭立て1400メートル戦(A3組・稲葉山特別)で、1着から8着までの着順が、枠順通りに数字がストレートに並ぶ決着となった。長江騎手騎乗の最低人気・ツクバキセキが後方から5着に突っ込み、ミラクルを呼んだこともあり、10歳になって元気いっぱいブレーク中だ。

笠松競馬の誘導馬エクスペルテと乗り役の塚本幸典さん

 ■19歳ヒカルアヤノヒメ、笠松には同世代の誘導馬も

 敬馬賞には名古屋の19歳牝馬ヒカルアヤノヒメ(井上哲厩舎)も登録されていたが、出走を回避した。これまで317戦14勝。名古屋からはもう1頭、グリフレットに大畑雅章騎手が騎乗したが、「暑さも続いているし、遠征は大変だから」とのことで、4月以来の休養明けのヒカルアヤノヒメには無理はさせられなかった。8年前に最後の勝利を飾っている笠松へもここ3年は参戦していないが、涼しくなってチャンスがあれば、笠松にも来てほしいものだ。人気の誘導馬エクスペルテ(19)やウイニー(19)とは同世代だし、実現すれば内馬場パドックへと向かうウオーキングタイムからファンも盛り上がることだろう。現役を続ければ、来年は20歳になる国内最高齢馬だ。

 ■高齢馬が健在ぶりを発揮、価値あるレース

 今回、金沢競馬のクリーンヒットとなった高齢馬レース「敬馬賞」。C級馬が対象で、笠松の「C級サバイバル」や高知の「一発逆転ファイナル」に似たアイデアレース。JRA勢やオープン馬が出走することもなく、取材陣は笠松関係の2人だけと寂しかったが「名古屋のヒカルアヤノヒメが出走していたら」の思いは強かった。それでも、高齢馬が健在ぶりを発揮し、準重賞として表彰式も行われた敬馬賞は、ファンの心に何かを訴える価値あるレースになった。

 笠松競馬に通い始めた頃、当時の9歳馬(現8歳)といえば引退間近で、ファンの間では「9歳かあ」とほとんど馬券対象にならなかった。競馬という競技は「男女混合」で「体重制限なし」「古馬は年齢別なし」の過酷なレース。人間ならゴルフや陸上などでシニア大会があるように、競馬の世界でも「年齢別」や「体重別」などがあってもいいのでは…。

 存廃のサバイバルレースで生き残った全国の地方競馬場。強さ、速さを競うだけでなく、もっと競走馬に寄り添った温かみのあるレースが増えてもいいのでは。ヒカルアヤノヒメのような「生涯現役」のアスリートとして、競走馬生活を長く送ることができそうだが、どうだろう。笠松でもまた面白いレースを企画していただきたい。

レディスジョッキーズ笠松ラウンドの開催も決まり、さらなる飛躍が期待される深沢騎手

 ■来春、笠松で「レディスジョッキーズ」開催

 地方競馬で活躍する女性騎手による「LJSレディスジョッキーズシリーズ2023」。来年3月8日、待望の笠松ラウンドが開催され、深沢騎手をはじめ、木之前葵騎手、宮下瞳騎手(名古屋)、関本玲花騎手(岩手)ら計9人が参戦する。

 盛岡ラウンド(11月21日)に続き、笠松ラウンドでも2戦(計4戦)実施され、地方競馬の「女王」が決定する。最終の笠松競馬場で総合ポイント上位3人が表彰される。

 深沢騎手は前々回4位、前回6位だったが、盛岡に続く地元・笠松での活躍が期待される。このところ名古屋での騎乗も増えており、他場の厩舎からの信頼度もアップ。準重賞を制覇したのだから、次は重賞Vが大きな目標となる。エースの渡辺竜也騎手でもなかなか勝てない地元重賞にも挑戦させてもらって、ファンが「アッと驚く」1着ゴールを決めてほしい。


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