これ書いているのは3月のひな祭り。と気づいたのも本を読むためにふと入った喫茶店のお茶請けが、ひなあられ色のチョコレートだったからだ。その色合いに心を和ませながら、コーヒーの合間に一つずつ口に運ぶ。コーヒーの苦さの中でチョコレートがほろほろと甘さを放ちつつ溶けていく。

 女に生まれてよかった、というのは生まれた時からの感慨だ。こんなジェンダーギャップのひどい国に生まれて、強がりだと思われるかもしれない。でも、女の子は、女の人は、おばあちゃんになったとしてもずっと可愛(かわい)い。きれいだ。そして、感情に、行動に、いつでも自由だ。

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(撮影・三品鐘)

 女の子は皆魔法使いに向いているらしい。そんなフレーズで始まる、歌手の椎名林檎が結成したバンド「東京事変」の『女の子は誰でも』という曲は、私の一つのおまじないだ。最初に覚えたおまじないはとてつもない力を持っていて、言葉なんかなくても肌が感じ取り、何もかもぜんぶ脱いで寂しさに立ち向かえるという。考えがこんがらがった時も、自分をなくしそうになる時も、女の子が持っている大事なおまじないは、それぞれたった一つだけ。それは、誰のためでもない、私が私であるためのおまじないなのだ。

 そういえば、そんな女に生まれてよかったと思う私が唯一嫌いなのは、ひな祭りの時期が終わったらおひな様を後ろにむかせる風習だ。女の子が適齢期にお嫁に「行き遅れない」ために、後ろに向かせるのだが、離婚経験者の30代という「出戻り」且(か)つ「行き遅れ」からしたら余計なお世話だ、とも思う。私は好きな時に好きな人を好きになるし、結婚するかどうかは好きな時に考える。次の相手は必ずしもお内裏様かどうかも決めていない。その自由さが、私が私で、私が女であることを好きな理由だ。

 そうして、また、私のおまじないのあの曲が頭の中でリフレインする。

 曲いわく、女の子なら誰でも、まやかしを見抜く占いはきっと簡単なのだ。一旦(いったん)じっと目を瞑(つぶ)って、そしてそっと開いてみよう。あなたは何に喜びを感じましたか? 何に怒りを覚えましたか? 悲しいのはなぜですか? 一番好きな人はだれですか? 人に押し付けさえしなければ、社会的通念に沿っていなくたって全然構わない。さあ、女の子たちよ、やりかたを忘れてしまったのならば、ぜんぶ解いてしまえばいい。そんなあの曲のあのフレーズに合わせて


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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