「今回はなんの目的で東京にいらしたんですか」
「推しのライブです! フィメールラッパーのAwichの!」
東京のあるホテルラウンジ。お世話になっている編集者にそういうと、彼も目を輝かせた。
「いいですよね、Awich!」
好きなアーティストを褒められると自分が褒められるより嬉(うれ)しい。今回は待ちに待ったライブだった。前回、日本武道館で行われた彼女のライブのタイトルは「Queendom」。おそらくKingdomとfreedomから掛け合わせた彼女の造語で、自分がヒップホップのQueenになるという気概を感じさせるそのライブを、私は遅ればせながらネットテレビで観(み)た。
まだまだ男社会のヒップホップの世界で、ここまで知名度を上げたのは何か理由があるだろうなと思いながら、ひたすら彼女の活動を追っていた。この約2年間は、マイナーな存在だったフィメールラッパーとのコラボレーションを次々に展開。また故郷である沖縄のラッパーとのコラボもあり、話題に事欠かなかった。そして今回のライブのタイトルは「THE UNION」。連合、同盟。そのタイトルを聞いて、ああ、私は今まで、なんて軽薄なことをしてきたんだろうかと思った。
名が知られた人が、さらに大きなことをしようとすることは、誰もが考えることだろう。ただし、その方法にもいろいろな種類がある。自分だけがもっと有名になりたい、お金を稼ぎたいとはもちろん誰もが思うだろう。私は数年前離婚で収入源を失い、生活苦ということがあって、ついそちらの方に目がいってしまっていた。結果、ただの負けず嫌いになり、周りに感謝すること、気遣うことを忘れてしまっていた。しかし、もう一つ、もっと賢明で広いビジョンがあったのだ。それはAwichがTHE UNIONと示してくれたように、手を取り合う合図をとって、業界全体を盛り上げていくこと、自分の活力のいくらかを、業界の未来のために費やすことだ。
そうして私も少しは生活が落ち着いてきて、自分の薄情さ、身勝手さを思い返していた。また短歌の世界も、短歌ブームのなか、競争意識も激しく、消耗する人が多いと聞く。そんな風潮にも胸を痛めていたが、まだまだ事態は遅くない。短歌だけではない、どの業界、どの仕事でも、自分本意にならず、皆で手を取り合って、支え合っていくこと。支え合って、次のステージに上がること。「THE UNION!」ライブ会場で彼女から叫ばれた短いその言葉で、こうして世界も思考も広がり、つながっていく。
岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。
のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。