駅名標や行先表示板など駅ゆかりの品々を披露している「鉄道のまち展」
舟形(陶器製)などの駅弁容器と汽車土瓶
美濃太田駅のかつての名物駅弁だった「松茸の釜飯」の掛け紙=いずれも美濃加茂市蜂屋町上蜂屋、市民ミュージアム

 JR高山線の美濃太田駅(岐阜県美濃加茂市太田町)が昨年開業から100年を迎えたのを記念した企画展「鉄道のまち展」が3月6日まで、同市蜂屋町上蜂屋の市民ミュージアムで開かれている。駅ゆかりの道具や当時の写真など懐かしの品約470点が並んでいる。

 企画展は同館が主催。美濃太田駅は1921年11月12日に開業した。高山線のほか越美南線(現長良川鉄道)、太多線が乗り入れ、交通の要衝として街の発展や暮らしを支えてきた。

 機関車の整備や修繕を行うため、32年には同駅の西北に美濃太田機関庫が設置され、扇形の車庫や、車両を回転させて向きを変える転車台などが備えられた。転車台は現存する。戦時中の45年8月14日、同庫が機銃掃射を受けて2人の犠牲者が出た上、機関車や建物にも被害を受けた。

 高山線へディーゼル車の導入後、車両管理のため同市川合町へ美濃太田機関区気動車基地(通称ディーゼル基地)が66年に設置された。この年、同駅の乗降客が1日平均5817人でピークを迎えたという。

 会場では、駅構内に掲げられていた駅名標や行先表示板、駅員の懐中時計といった市民の収集品、美濃太田機関区内の銭湯に駅員の家族が入るための木札の入浴証(67年)など、同館収蔵の鉄道関係資料を展示する。蒸気機関車の運行が終了した翌70年にC58形蒸気機関車が古井小学校に引き渡され、今も同小SL保存会によって保存されているなど、市内にある鉄道ゆかりの地を写真を見せて解説し、駅弁や鉄道文学などでも歴史を振り返っている。

 駅弁では、昭和30年から令和元年まで60年余、同駅の名物として販売された「向龍館の釜飯」の掛け紙のデザインや容器、お茶を販売していた陶器製の汽車土瓶を展示、「昭和レトロ」を今に伝える。

 今回、同駅の駅弁の歴史を調査した美濃加茂伝承料理の会の福住広美代表=同市本郷町=は「地元だが、ちょっと前のことなのに知らないことが多いと実感した」と話した。