名古屋市中区栄の高速道路の高架下に連夜、炊き出し支援の配食を待つ人たちの列ができる。さまざまな支援団体が日替わりで活動に携わり、路上で暮らしていたり、生活保護を受けながらアパートで暮らしていたりする人にとって、毎日そこへ行けば1日1食は確保できる場所になっている。10月、空き地の外周をなぞるようにしてぐるりと延びた人の列は、この日も100人を超えていた。
無料クイズで毎日脳トレ!入口はこちら厚生労働省によると、全国の公園や河川敷で生活するホームレスは2820人(今年1月時点)で、過去最少となった。岐阜県は2人、岐阜市は0人。確かに路上で生活する人を見かけることは少なくなった。ただ、本当に数字の通りなのか。見えづらくなっているだけで、私たちが見落としてきてしまった地域の姿があるのでは―。そんな疑問をきっかけに、岐阜新聞が2月から続ける連載「ホームレスは、どこへ行った―岐阜の現場から―」。炊き出しの会場や公園、道の駅といったさまざまな岐阜の現場をたどりながら、数字には表れない生活困窮の実態を伝えてきた。
ホームレスは、名古屋へ行ったのではないか―。
そんな仮説を立てた私たちは、名古屋の現場にも足を運ぶようになった。岐阜にとって名古屋は、すぐそばにある都会だからだ。失業や収入の減少など生活困窮に陥った場合に頼る炊き出しやフードバンクといった食糧支援、低家賃で借りられるアパートなどの資源は、都市部ほど手厚く、地方には少ない傾向がある。これは何も岐阜に限った話ではないが、鉄道で片道20分ほどの近距離に名古屋という強烈な吸引力を持った街があることは、このエリア特有の事情といえる。
まして岐阜市では今年3月、福祉事務所へ生活保護の申請に来た人を窓口で追い返す「水際作戦」の問題が明るみになった。ただでさえ手薄な生活再建への足がかりが得られず、岐阜を離れざるを得なかった人がいるのではないかという想像は、単なる臆測とは言い切れないように思えた。
名古屋の街には、貧困が目に見える形で点在している。それは夜ごと、炊き出し会場にできる長い列だけではない。誰かがそこで横になったとおぼしき段ボールが、点々と路上に敷かれている。使い古されたキャンプ用のテントの中には確かに、人の気配がある。何が入っているのかは分からないが、物をいっぱいに詰めた無数のトートバッグやビニール袋の山にうずもれて、ひっそりと眠る人がいる。もともとは岐阜で生まれ育った人が、ここにはいるのではないか。
「元から名古屋にいますなんて人、路上にはほとんどいないんじゃないか」。支援者の一人が語る。「愛知県でも、名古屋市近郊だけでなく三河地方から自転車で来たとか、大阪や千葉から電車で来たとか、本当にいろいろです。生活に困っていてもスマートフォンは持っているという人が多いので、ネット上で炊き出しの情報を見て、思いついたようにここへやってくる人が結構います。支援の現場から支援の現場へ、各地を転々とする人もいます」
故郷はその人のアイデンティティーだ。私たち地方紙の記者は日々、故郷を自分の個性として大切にする人たちに出会う。「なんにもない」「ど田舎」などと自虐しつつも、岐阜のことを好きでいる人たちの話を聞くのは楽しい。路上にいる人たちにも故郷があるはずだ。「住めば都」とは言えど、どのような事情からか生まれ故郷に居づらくなり、住み慣れた場所を追われるようにして都市にいるのだとしたら―。郷土に根ざす姿を記事にして伝えているからこそ、立ち止まって考えたくなった。
「いろいろと事情があってね」。夜、雨をしのげる場所にいた70代の男性は、自身の生まれが岐阜県内だったことを明かしてくれた。しかし、最初こそ私たちの取材にも気丈に応じてくれたが、次第に口が重くなった。尋ねたいことはたくさんあった。だが、このまま初対面の私が立ち入った「事情」をずけずけと聞いていいのだろうか。そう迷っているうちに、男性は口をつぐんでしまった。
そもそも私たちは新聞記者だ。どれだけ相手を尊重し、寄り添おうとしても、すぐさま警戒を解いてもらえる対象でないことはよく理解している。それでも、私たちは知りたかった。どうして故郷ではなく、名古屋の路上にいるのか。故郷を離れなければならない理由は何だったか。顔や名前は伏せたままでも構わない。この社会に、故郷に暮らすという個性を捨て去らなければならなかった人がいることを伝えたいと思っている。
■当事者、支援者の声や、ご意見を募集します
路上生活者だけでなく、アパートなどの住まいはあっても孤立しているという人もいるはずです。生活保護を受給していることを恥と感じて、岐阜から出てきた人。わずかな年金を頼りに一人で生活し、ほとんど話し相手がいない高齢者。岐阜から誰も知り合いがいない場所に逃れようと、名古屋へ引っ越したシングルマザー。精神疾患を抱えながら、インターネットカフェを拠点にしている若者―。いきなり面と向かって話すのは難しくても、メールでなら伝えられることがありませんか。
岐阜新聞デジタルに設けたメールフォームにはこれまでも当事者からのメッセージが寄せられ、それをきっかけに始まった取材もあります。記事にして問題を見えるようにすることで、社会の仕組みが変わるきっかけをつくることができるかもしれません。街のどこかで離れてしまった岐阜を思う、あなたの今を知りたい。あなたの代わりに思いを広げたい。支援の現場をたどりながら、声が届くのを待ちたいと思います。
メッセージフォームはこちら。
https://www.gifu-np.co.jp/list/lead/WD-2024-0001/
記事・山田俊介 2012年入社。岐阜市政担当、司法担当、県警担当を経て23年10月から本社遊軍。精神疾患の当事者らと向き合う「ドキュメント警察官通報」など、福祉分野の連載を手がけてきた。今年2月からは、岐阜市の水際作戦や、道の駅での車上生活者の実態をたどる「ホームレスは、どこへ行った」を担当している。岐阜市出身。
写真・坂井萌香 2020年に関西地方の新聞社に入社後、警察担当と写真部を経験し、23年3月に岐阜新聞社に入社。中学生のときから大好きだった書道を学ぶため、大学時代を岐阜で過ごす。たくさん歩いてたくさん記事を書いて、岐阜の魅力を届けることが目標。長野県出身。