小学生にゴロの捕り方を丁寧に教える脇田博之さん(左)=羽島郡笠松町、米野グラウンド

 春夏通算7度の全国優勝を誇る高校野球の名門、PL学園高校(大阪府・2016年から休部)で、記録員として甲子園に出場した岐阜県羽島市堀津町の脇田博之さん(36)が今年春、14年間勤めていた会社を辞め、各務原市内で体幹トレーニングなどを行うスポーツ教室を立ち上げた。高校時代、けがに苦しんだ経験を元に、けがをしない体づくりと、スポーツの楽しさを伝えようと取り組んでいる。

 羽島市出身の脇田さんは、小学3年からスポーツ少年団で野球を始めた。中学に入ると硬式野球のクラブチームで本格派の左腕投手として活躍。中学3年の時、中学生の硬式野球日本一を決める大会でチームを全国3位に導き、大会の優秀選手賞を受賞した。「強気の攻めで、直球で押すタイプだった」と脇田さん。

 高校は誘いを受け、憧れだった強豪のPLへ入学。エースを目指したが、2年の夏に股関節を、3年の春には足の靱帯(じんたい)を痛めるなどけがに泣かされた。最後の夏は記録員としてベンチに入り、チームが3年ぶりに出場した甲子園のベンチでもスコアを付けた。同期には、後にプロ野球・広島などで活躍した小窪哲也現広島コーチらがいた。

 大学はPLの中村順司元監督が指揮を執っていた名古屋商科大へ。「中村監督から正しい体の使い方を教わったことで、故障することなく投げられるようになった」と、上・下半身のバランスの重要性などを学んだ。大学卒業後は軟式野球チームがある会社に入って数年プレーした後、社業に専念した。

 知人から頼まれ、羽島郡笠松町で活動する中学生の硬式野球クラブ「岐阜笠松ボーイズ」で指導するようになった。クラブの小学部「Jrメントーズ」(軟式)に小学2年生の長男が入団した昨年春からは、小学4年生以下の担当コーチを務める。「基礎を徹底して身に付けさせる。目先の勝利でなく、中学、高校、さらにはその上につながる指導を行うのがクラブの方針。野球の楽しさを知ってもらい、長くプレーできる選手になってほしい」と語る。

 クラブで教える子どもたちが成長していく姿を見て「野球にかかわらず、スポーツに関する指導に携わりたいという思いが高まった」と、今年2月に会社を退職。3月に各務原市入会町に体操・体幹トレーニングの「JPCスポーツ教室」岐阜各務原店をオープンさせた。家庭を持つ身として「人生最大の決断だった」とPL時代のチームメートにも相談して決めたという。

 スポーツ教室では、幼児から大人を相手にバランスボールやゴムチューブなどを使って、体幹やインナーマッスルを鍛える指導を行っている。「けがを防ぐためには体幹を鍛えることが重要」と話す脇田さん。高校時代の苦い経験から「子どもたちには、けがで試合にすら出られないような後悔は絶対させたくない」と指導に力を注ぐ。