精神疾患を抱える当事者の対応を担う警察。不透明な仕組みの中で奔走している=岐阜市内

 今年7月、岐阜市内の警察署。管内の民家で暴れ、家族に110番された女性を保護していた。その言動から精神疾患の症状が出ていると感じた男性警察官は、保健所に通報した。

 女性は保護室でも暴れ続けたが、調査のため署へ入った県保健所の職員を前にする頃には、おとなしくなった。職員は、女性といくつかの言葉を交わした後で、措置入院の要否決定に必要な措置診察を「不要」と判断。「会話は成立しています。ちゃんと受け答えができていますよ」と警察官に説明した。暴れる姿を直前まで見ていた警察官は「おかしくないか」と迫ったが、聞き入れられなかった。

 「いくら話しても『項目が当てはまらない』の繰り返し。保健所は診察を断る理由を探しているようにしか見えない」。現場で対応に当たる複数の警察官から、同様の意見が相次いで寄せられた。これまで保健所が診察を断った理由を分類すると、不要理由が国のガイドラインが規定する4項目より多い、計13に及んでいた。その後、女性は医療保護入院となっている。

 岐阜新聞社が入手した内部資料によると、「面接時に落ち着いていた」との理由で診察不要にしたかと思えば、「警察に保護されパニックになった」との理由もあった。落ち着いても、パニックになっても、診察には至らない-。措置診察率が全国平均の約5割に対して岐阜県で約1割となる大きな要因は、こうした点にもあるとみられる。

◆警察官の使命感に頼る

 精神疾患の症状によって自分や他人を傷付ける恐れがある人がまちや家庭で問題を起こすと、最初の窓口の多くは110番を受けた警察となる。当事者を再びまちや家庭に帰すのか、精神保健医療のラインに乗せるのか-。その決定権は警察にはない。

 もちろん、警察官が精神科病院まで当事者に付き添い、結果として「精神疾患の症状はない」と診断されることもある。ただ、その場合にも、岐阜県では警察が当事者の引き受け先を探すケースが少なくない。岐阜市の警察署の例のように、通報という「入り口」に加えて、調整という「出口」の一端をも担う。警察官職務執行法は、個人の生命や身体などの保護、犯罪の予防といった警察の忠実な職務遂行について規定しているが、そうした使命感に寄りかかり、判断に後ろ向きとなっている保健所や自治体の姿勢が見え隠れする。

 厚生労働省の統計で、警察官通報は県内で減少を続ける一方、措置診察数はほぼ一定に推移している。この数値をどう捉えるといいのか。県保健医療課の担当者は10月上旬の取材に「措置診察率が高いから良い、低いから悪い、という話ではない」と答えるのみで、要因などについての説明はなかった。

◆検討会議設置も議論はどこへ

 警察官通報が措置診察に至る割合が他県に比べて低い事象については、県議会も問題意識を持っている。今年3月、県議会定例会で自民系議員からの指摘を受けて、5月には県が有識者を交えた検討会議を設置した。非公開の会合がこれまでに2回、開かれたが、出席者からは「県は会議の落としどころを見失っているようだ」との声も漏れる。当事者と医療とをつなぐ仕組みの在り方を巡る議論がどこへ向かうか、まだ見えてこない状況にある。

 【警察官職務執行法】 警察官が個人の生命や身体、財産の保護、犯罪の予防、公安の維持といった職権職務を遂行するために必要な手段を定めた法律。3条では「周囲の状況から判断して精神錯乱や泥酔のために自己または他人に危害を加える恐れがある人」を発見した場合に「警察署や病院、救護施設などの適当な場所で保護する」と定めている。

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 精神疾患の当事者を支える仕組みは適正か。複数の警察官らが明かした現場の実情、精神医療や自立支援に携わる関係者への取材を基に、実態を追った。


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