乳腺外科医 長尾育子氏

 がんの診断を受けた後、治療と仕事との両立ができるか、ということについて不安な気持ちになる方が多くいらっしゃいます。がんと診断されてから退職・廃業した人は就労者の19・8%、そのうち初回治療までに退職・廃業した人は56・8%とするデータも示されています(厚生労働省委託事業「平成30年度患者他県調査報告書」)。

 厚労省では「第3期がん対策推進基本計画」(平成30年3月閣議決定)、「働き方改革実行計画」(平成29年3月28日働き方改革実現会議決定)に基づき、治療と仕事の両立を社会的にサポートする仕組みを構築し、がんになっても生きがいを感じながら働き続けることができる社会づくりに積極的に取り組んでいます。がんの治療を行っている病院では、治療をしながらの就労についての相談支援窓口が設けられています。がんの診断後、仕事を辞めることを早急に決める前に、このような相談システムがあることを知っていただきたいのです。

 日本人女性における乳がんの発生は、45歳から55歳の働き盛り、60~70代と、まだまだ家庭内で家事に介護にと重要な役割を果たしている年齢にも多く見られます。乳がんと診断されることは非常にショックな出来事ですが、初期治療を乗り越えれば、早期乳がんの10年生存率は90%以上であり、多くの方が再発せずに良好な経過をたどります。治療後の長い人生を充実したものにするためには、治療前と同様に仕事や家庭内の役割を果たしていくことが重要です。

 一般的な乳がんの手術に要する入院期間は約1週間で、手術後は約3週間で一般的な家事をこなせるほどに回復します。乳房温存手術を行った際の放射線治療は、25回から30回ほどの外来通院が必要ですが、一度の治療は短時間で、仕事をしながら通院される方も多くいらっしゃいます。

 薬物治療のうちホルモン療法は、更年期障害のような関節痛、不定愁訴、倦怠(けんたい)感などの副作用を感じることがありますが、多くの方は軽度で仕事との両立が可能です。抗がん剤治療は、投与日と副作用の強い日には就労は困難ですが、副作用を抑える薬物を併用することで、職場と相談しながら仕事を続ける方が多くいらっしゃいます。治療が一段落した後に「仕事を辞めていたらいつも病気のことばかり考えてしまい、余計につらかったと思う。結局仕事に復帰できたので、あの時仕事を辞めなくてよかった」という声も多く聞かれます。

 乳がんの治療と仕事、生活を維持するために、病院の相談窓口に気軽に声をかけて、ソーシャルワーカーや社会保険労務士への相談の機会をどうぞご利用ください。