3月28日、私は着物姿で彼と東京・飯田橋のドトールにいた。彼とは相変わらず朗読の相方である御手洗靖大さん。彼ももちろん着物姿だ。と言っても、今日は歌舞伎観劇でもお茶会でも歌会でもない。EU・ジャパンフェストのミートアップという、欧州文化交流のためのイベントに、ポエトリーアーティストとして参加するのだ。
いつか海外で朗読をしながら短歌のことを広めたい。それは私の長年の願いだった。しかし、数年前まで全く英語が喋(しゃべ)れなかった私には、とてつもなく遠い道だった。それが友人からオンライン英会話教室を勧められ、また英語が上達するためのスマホの英語アプリをインストールし、ここ半年でむくむくと英語が身についてきた。英語友達も増え、堂々と意思を伝えること、それから笑顔で話すという、英会話で一番大事な度胸とハッタリがついてきた。しかし、まだボキャブラリーが少ないため、ヒアリングには自信がない。そんなわけで、聞き取りの得意な早稲田大院生である御手洗さんと一緒に参加したというわけだ。
ドトールから会場に着くと、100人以上の野心ギラギラのアーティストたちでいっぱいだ。でも着物を着ている人は1人もいない。そう、これも一つの作戦で、着物を着たジャパニーズポエットと挨拶(あいさつ)したら覚えてもらいやすいかと思ったのだ。会場は2時間ほど欧州のそれぞれの国の文化フェスティバルを紹介したあと、就職活動の会場を思い出すような、各国のブースにアーティストが移動する。ここからは私の役割だ。ガンガン進んでいって笑顔で「Hello! Nice to meet you! We are Japanese poets!」から始まり、どんどん自己紹介をしていく。
大体言いたいこと、したいことを伝えたら、あとは担当者からの返事を待つ。ここからは御手洗さんの役目だ。御手洗さんの穏やかな聞き方と、相手の表情で大体相手が言っていることは想像がつく。しかしそれでもエネルギー切れだ。なんとかビジネスカードをもらい、一通りブースを回ると、ぐったり疲れ、お腹(なか)もペコペコだ。
帰りは神楽坂のロイヤルホストで白ワインで今日の頑張りに乾杯し、もはや着物姿である自覚もないまま宿に戻る。まずはこれが第一歩だ。短歌で海外進出、私たちはどこまでいけるだろう。
岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。
のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。