暑さ厳しい8月のある日、岐阜県高山市の林業会社の土場で汗だくで丸太の樹皮をむく人たちの姿があった。高山市で弁当箱や盆などの飛騨春慶木地を作る西田恵一さん(61)、各務原市でせいろを作る清水貴康さん(39)ら3人だ。むいているのはヤマザクラの樹皮。職人たちは「カンバ」と呼ぶ。褐色で艶があって美しく、非常に強い。昔から曲物(まげもの)の板の両端を綴(と)じるのに使われてきた材料だ。
祖父の代から曲物製作に携わり職人歴43年の西田さんは、仕事を始めた頃から組合を通じて秋田県からカンバを購入していたが、最近は価格も上がり手に入りづらくなってきた。地元の山で許可を得て仲間と樹皮をむいたことも数回ある。一方の清水さんは曲物の工房を構えて4年目。当初からカンバが手に入りづらいと聞いていた。毎年10キロ以上使うので先輩の職人たちと奈良県まで買い付けに行っているが、樹皮をむく人が高齢化して値段が上がる一方、量は減り質も落ちていて、この先いつまで買えるか分からない。
サクラなら何でも良いというわけではなく、観賞用に各地に植えられているソメイヨシノは樹皮がゴツゴツしているため使えない。ヤマザクラやカスミザクラが良いが、これらは山に点在して育つため、まとまった量を採取するのが難しいのだ。
そんな話を聞いて技の環(わ)が紹介したのが冒頭の林業会社、奥飛騨開発株式会社だ。会社の土場には近隣の山から大量の丸太が運び込まれる。それを樹種や寸法で細かく仕分けして、枕木用、製紙用などとして出荷したり、キノコの菌床栽培用チップに加工したりしている。ヤマザクラの樹皮が欲しいと木材部の堀口清憲さん(58)に話すと興味を持ってくれ、たくさんの丸太を事前に準備してくれた。
その日は合計18キロも採取できて、品質は上々。堀口さんも価値のなかった樹皮が資源になるならと喜んでくれた。ただし課題もある。今回の丸太は伐採してからやや時間がたっていて、樹皮がむきにくかった。林業の現場と曲物職人の緊密な連絡が必要で、来年以降も試行が続くことになる。
曲物で有名な秋田県の角館(仙北市)では組合でサクラを植えて、継続的に樹皮を採取できるよう森を仕立てているそうだ。そこで岐阜県内のいくつかの候補地を挙げ、県の地域活動促進事業などの補助金を使ってヤマザクラの苗を植えることも提案してみた。時間も手間もかかるが、長く曲物製作に携わりたい清水さんは「材料調達の可能性が広がっただけで、少し光が差したようです」と前向きだ。困難な状況が続く中でも満開の桜のように、未来に明るい希望が咲き誇ることを願っている。
(久津輪雅 技の環代表理事、森林文化アカデミー教授)
【清流の国ぎふ地域活動促進事業】 岐阜県の「清流の国ぎふ森林・環境税」を活用して、県民が自ら行う森林づくりなどを募集し、活動費を助成する事業。10月上旬に来年度事業の募集が始まる。