岐阜県産玄米で「雨ニモマケズ」の食生活を体験するために用意した食事。玄米は1日分の4合

 今も世代を超えて読み継がれる宮沢賢治(1896~1933年)の世界。特に知られた作品の一つが「雨ニモマケズ」。改めて読んでみると、途中に「一日ニ玄米四合ト 味噌(みそ)ト少シノ野菜ヲタベ」とある。ん、1日に玄米4合? 意外と大食漢? どのぐらいの量なのだろう。岐阜県産の玄米で宮沢賢治の食生活を体験してみた。

 雨ニモ―は、没後に見つかった手帳に書き残されていた詩(メモ)。「雨ニモマケズ 風ニモマケズ」で始まり、賢治が理想とする人物像を記して「サウイフモノニ ワタシハナリタイ」と結んでいる。

 県産玄米は、個人的にハツシモが好きなので大垣市にある「JAにしみのファーマーズマーケット」でおよそ7合分の1キロを量り売りしてもらった。ハツシモは県外で「幻のコメ」と呼ばれており、特に関西のすし職人に好まれている。マーケットの店員は「玄米はボソボソしているけれど、栄養価は白米の数倍。(水の量は異なるが)白米と同じように炊けば大丈夫」と教えてくれた。疲労回復に効果のあるビタミンB1が豊富に含まれているという。

 炊飯器で玄米4合を炊こうとすると、家族が「4合も? うちは2人で1日2合。4合は食べ過ぎ」とチクリ。確かに、米飯好きの記者でも4合を一度に炊くのは初めて。それでもこれが賢治の食生活なのだ。休日を使い、みそ汁と少しの野菜(ホウレンソウのおひたしと漬物)で、1日4合にチャレンジした。

 玄米自体に味があり、炊き込みご飯のよう。おかずがなくても箸が進む。が、4合はやはり多い。茶わんに山盛りを朝昼と食べても2合分しか減らず、晩に残りの2合をいっぺんに食べることに…。ところが、全く空腹にならない。少しの野菜では物足りない。そこで〝救世主〟として納豆と生卵をかけ、しょうゆを垂らして食べると、玄米に合って美味。当初のルールを完全に逸脱したが、食べるペースが一気に上がり、無事に完食できた。

 そもそも、なぜ玄米4合だったのだろう。その背景は、廣瀬正明・京都大名誉教授の著書「『雨ニモマケズ』に書かれた献立メニューの謎」(モリアンド創作室)に詳しい。

 それによると、賢治は菜食主義者で雨ニモ―を記した時、すでに病床にあった。4合は、軍医でもあった森鴎外の論文「日本兵食論大意」に影響を受けた可能性があるという。鴎外の論文では〝丈夫な体〟を持つ日本人が1日に食べるコメの平均量が602グラム(約4合)だったという調査結果を紹介。廣瀬氏は、病弱な賢治にとって4合という量は「願望の表明」だったと結論付けている。

 そして玄米。実は賢治の作品に登場するコメは白米がほとんどといい、鴎外の論文でも白米が前提。玄米食になじみはなく、理想は白米だったが「母親が実家からの勧めに応じ、療養のために玄米食を採用したことが理由」とし、親孝行で「意に反して」食べていたと廣瀬氏は推察。現に雨ニモ―を記した半年後、知人宛ての手紙の下書きに「三年間続いた玄米食を、やっと止めてもらった」という趣旨のことが書かれていたという。

 ただ、今回の体験で玄米を食べてみると、大量に食べても疲労感に襲われず体が軽い感じがした。玄米が持つ疲労回復効果なのだろうか。いずれにしても「一日ニ玄米四合」をさらりと読み流していて、量の程度も分からぬまま〝昔の人の質素な生活〟を勝手にイメージしていた記者。4合という量は、自分にとっては残してしまいそうなほど多かったが、宮沢賢治の作品をきっかけに県産玄米の魅力を発見できたことは収穫だった。