熱戦を繰り広げる笠松競馬のレース。若いファンの姿も多くなった

 騎手は半減、馬も100頭近く減ったまま―。一連の不祥事の「後遺症」は大きく、「新生・笠松競馬」の信頼回復のためのサバイバルレースはまだ始まったばかりだ。

 馬券販売は全国的な流れに乗ってまずまずだが、地方競馬全体の中で、どう「再生」を果たしていくのか。笠松競馬の「現在地」は最底辺。かつての「地方競馬の聖地」として名馬、名手が放ってきた輝きを少しでも取り戻すには、クリアすべき課題が多い。不祥事で揺れた競馬場への新人のデビューはなく、再びジョッキー不足が深刻になっている。

■期間限定騎乗の騎手が帰り、レギュラーは9人だけ

 昨年11月から期間限定騎乗でサポートしてくれた他地区の騎手たちは8人。このうち7人がそれぞれの地元に帰った。「コロナに感染して、つらかったよ」と嘆いた騎手も多くいたことだろう。残る助っ人は期間延長の田中洸多騎手(大井)だけで、騎乗は6月3日までの予定。

 昨年9月のレース再開から7カ月が経過したが、笠松専属騎手は1人も増えていない。名古屋競馬や期間限定の騎手のサポートのおかげで、何とかピンチをしのいできたが、笠松のレギュラー数は野球チーム並みで、依然として9人だけだ。攻め馬では、1人で30頭以上に乗ることもあるハードスケジュール。レース再開後の昨秋には、長江慶悟騎手と渡辺竜也騎手が落馬事故で戦列を離脱し、実質7人での戦いにもなった。

場内にある笠松競馬所属騎手一覧表。レギュラーは9人。期間限定騎乗は田中洸多騎手(右下)だけになった

 笠松勢9人のうち20代が4人、30代1人、40代3人、50代は1人。20代にはエース格の渡辺竜也騎手はいるが、東川慎騎手ら3人は100勝以下の「減量騎手」で、まだ一人前とはいえない。地方競馬の騎手数は、西日本地区では名古屋22人、金沢18人、兵庫30人、高知23人、佐賀21人。これに対して9人の笠松は半分以下。開催日数や所属馬の頭数にもよるが、騎手数は各場20人前後が適正であり、必要とされるはずだ。競馬組合が「笠松再生」へ向けて真剣に取り組むのであれば、専属の騎手や競走馬の数を不祥事前の水準に戻すべきだ。1999年には笠松の騎手は36人も所属していた。アラブのレースがあって馬も多かったが、当時と比べると騎手数は4分の1になってしまった。

■笠松専属の騎手をいかに増やすか、4通りの可能性

 では今後、期間限定騎乗以外に、笠松専属の騎手を増やすためには、どうしたらいいのか。

 考えられるのは、次の4通りだ。

①地方競馬教養センターを卒業し、騎手免許を取得した新人騎手のデビュー
②地方競馬騎手免許の「一発試験」に合格した騎手のデビュー
③期間限定騎乗など経験、他地区から笠松へ完全移籍
④元笠松競馬騎手の現役復帰、再デビュー

 笠松での新たな騎手デビューの一番乗りはどのケースか。「4頭立て」のレースに見立てて「1着ゴール」を予想してみたら面白いかも。できれば複数の騎手の笠松デビューを期待したいが…。

 それぞれのケースで「笠松デビュー」実現の可能性を探った。

新人騎手獲得に向けて、地方競馬教養センターを訪れた渡辺竜也騎手。木馬の乗り方を騎手候補生たちにアドバイスした(地方競馬教養センター提供) 

■①地方競馬教養センターを卒業した新人騎手のデビュー


 不祥事で大揺れした笠松競馬。インターネットでの馬券は売れているが、安心してはいられない。全国の競馬関係者へのイメージダウンは大きく、新人騎手のデビューには、やはり時間がかかりそうだ。

 この4月、全国の地方競馬では計10人の新人騎手がデビュー。賞金・手当が高い南関東へ8人、2年目・飛田愛斗騎手の活躍が目立つ佐賀へは2人で、偏った傾向。笠松や名古屋へのデビューはなかった。笠松では騎手候補生の実習もなく、新人デビューは早くても来年4月以降か。組合や厩舎も好条件を提示するなどして、新人騎手を何とかして迎え入れたい。

 今年1月には、新人騎手獲得に向けて、渡辺竜也騎手や深沢杏花騎手ら笠松関係者が地方競馬教養センターへ出向いた。修業中の騎手候補生たちに、教養センター出身の先輩騎手としてレクチャーを行った。木馬やゲートで騎乗方法をアドバイスし、調教師らも「ぜひ笠松競馬の騎手に」とアピールした。

 騎手不足の笠松では、他地区よりも騎乗機会には恵まれるはず(1年間に400~500レース)。深沢騎手や長江慶悟騎手らがそうだったように、まずは半年間、騎手候補生として攻め馬などで騎乗技術を学んで、笠松競馬場デビューにつなげてほしい。

■②「一発試験」に合格した騎手のデビュー

 地方競馬教養センターに入校して騎手課程を修了しなくても、NAR(地方競馬全国協会)の騎手免許試験は受けられる。いわゆる「一発試験」に合格すれば、騎手デビューできる。運転免許の「一発試験合格」のようなもので、JRA競馬学校の試験で不合格だった者が厩務員を経て挑戦したり、騎手引退後に再取得するケースもある。合格者は10人のうち1人程度で難関とみられる。

 笠松関係では、安藤光彰元騎手の息子さんの安藤洋一騎手(大井)が教養センター騎手課程に入所したが、体重オーバーで退所。笠松で調教を手伝いながら腕を磨いて、大井の厩務員に。3度目の挑戦で一発試験に合格し、2009年に晴れて騎手デビューを果たした。

 一昨年に引退した笠松競馬の元騎手(38)はデビューが29歳と遅かった。JRAや地方競馬の騎手学校の試験は不合格となり、園田での厩務員のほか、建築や営業の仕事もこなしたが、騎手になる夢は捨てなかった。その後、笠松で厩務員として働いた。騎手学校には行けなかったが、調教経験やゲート練習を実らせて、地方競馬騎手試験に一発合格。デビュー初日に勝利を挙げた。         

将来の笠松競馬騎手を目指して奮闘。厩務員らも攻め馬に励んでいる

 

 笠松での調教中、「騎手候補です。一発合格を目指しています」と元気な声が聞こえてきた。地元の調教助手や厩務員にも一発試験での合格を目指している者が2人ほどいるそうだ。リーディング厩舎の厩務員らも含まれており、期待の星だ。攻め馬では、所属騎手たちに交じって騎乗技術を学ぼうと懸命で、ゲート練習など実戦的な訓練も行っているとみられる。まずは5月の1次試験に挑み、それが受かれば2次試験。合格できれば、最短なら8月にも騎手免許を取得できるが、どうだろうか。

 笠松競馬の関係者からは「不祥事があったし、NARの審査も厳しいだろうから、1回目での合格は難しいのでは」、「笠松の騎手不足は分かってもらえてるはず。何とか合格できるといい」といった声も聞かれた。笠松生え抜きの騎手候補として、厩務員たちのチャレンジは応援したくなる。攻め馬での騎乗も多くこなしているはず。騎手免許取得へのハードルは高いだろうが、頑張ってほしい。1回目では難しくても、合格するまでチャレンジを続けてほしい。

■③期間限定騎乗など経験、他地区から笠松へ完全移籍

 助っ人から笠松に完全移籍した松本剛志騎手が元気だ。今年は26勝を挙げて笠松リーディング3位。兵庫競馬出身だが、騎乗機会を増やそうと、各地を渡り歩くジョッキー生活を続けてきた。笠松では半年間の期間限定騎乗を2度。19年4月に覚悟を決めて完全移籍した。このところ、愛馬ラブアンバジョとのコンビで8連勝と活躍が目立っており、移籍は素晴らしい決断だった。

 期間限定騎乗で2カ月余り、笠松で騎乗した黒沢愛斗騎手(北海道)。9勝を挙げ、2着も12回と馬券によく絡んだ。今回笠松での最終戦ではムーンセレナーデに騎乗。大きく出遅れながら、豪快に差し切ったレースは強烈な印象を与えた。「笠松コースとの相性がいいですね。通年でやれば、すごく勝てるのでは。笠松にずっといてほしいです」と声を掛けると、黒沢騎手は「いやいや、いい馬に乗せてもらっているだけですよ」と関係者に感謝していた。
 
 体は小さくても腕は確かで研究熱心。1月には降雪のため、攻め馬などができない日があった。このため朝に予定されていた能力検査は、最終レース後に夕日を浴びながら行われた。珍しい光景だったが、黒沢騎手は「2階に上がって見ていいですか」と能力検査での馬の走りもチェック。しっかりと騎乗技術を磨いて結果も残しており、来年以降また笠松で騎乗する機会もありそうだ。

期間限定騎乗で9勝を挙げる活躍を見せた黒沢愛斗騎手。ライデンリーダー記念でも騎乗した

 ベテランの馬淵繁治騎手(北海道)は昨年11月から笠松参戦。田口輝彦調教師の騎手時代の同期生で、年明けから存在感が増し、1~3月には11勝を挙げた。笠松では2年連続の騎乗で、冬場にはまた来てくれそうだ。期間延長した19歳の田中騎手には、若者らしく思い切った騎乗を期待。渡辺騎手らの指導も受けてコース取りがうまくなり、14日には1日2勝を挙げる活躍を見せてくれた。

 期間限定騎手は1~3カ月の短期では来てくれても、完全移籍にはなかなか踏み切れないだろうが、若手なら動きやすいのでは。「クリーン度100%」になった新天地へ飛び込んできて盛り上げてほしいし、そうなれば笠松ファンは大歓迎だろう。

 このほか、笠松の厩舎関係者らとつながりがある騎手や、他地区で騎乗機会に恵まれない騎手たちには、笠松への移籍も選択肢の一つとして考えてもらいたい。

■④元笠松競馬騎手の現役復帰、再デビュー

 馬券不正購入の不祥事では、競馬組合による元騎手2人への処分を巡っても揺れている。裁判の成り行き次第ではあるが、昨年4月の厳しい処分は適切だったのかどうか。今後、元騎手の現役復帰の可能性はあるのだろうか。それぞれのジョッキー人生に関わる大きな問題であり、一連の流れをもう一度詳しく見ていきたい。

 一昨年6月に発覚した調教師・騎手の馬券不正購入事件。警察の家宅捜索を受けて元調教師1人、元騎手3人が書類送検され、略式起訴で罰金刑を受けた。昨年4月、競馬組合の「不適切事案・第三者委員会」の調査報告書により、不正事実が判明したとして、4人は岐阜県地方競馬組合から「競馬関与禁止」という最も重い行政処分を受けた。既に免許が更新されず「引退」となっていたが、事実上の「永久追放」といえる処分になった。

 このほか、元騎手5人と元調教師3人が5年~6カ月の「競馬関与停止」処分を受けた。警察の捜査対象にはならなかったが、三者委による調査により、競馬組合から厳しい処分を受けた。


 

 競馬関与停止の処分を不服として、元騎手2人が提訴。岐阜地裁は判決で処分の取り消しを命じた。笠松競馬場内での「黒いカネ」の疑惑は、場外戦の「法廷バトル」になった。裁判の流れを、岐阜新聞の記事などから追った。 

■処分取り消し求め、笠松元騎手2人が提訴(馬券不正問題)=2021年5月31日

 笠松競馬の騎手や調教師による馬券不正購入問題で、岐阜県地方競馬組合から「競馬関与停止」の処分を受け、NARから騎手免許を取り消された元騎手2人が、組合とNARを相手に処分の取り消しを求め、岐阜地裁に提訴した。
  
 訴えを起こしたのは関与停止1年の処分を受けた元騎手(39)と同6カ月の元騎手(57)。組合は、2人が馬の体調などの内部情報を提供した見返りに現金を受け取っていたと認定し、処分を下していた。

■地方競馬組合が争う姿勢(地裁口頭弁論)=21年8月6日

 元騎手2人が、組合に処分の取り消しを求めた訴訟の第1回口頭弁論が岐阜地裁で開かれ、被告側の地方競馬組合は請求棄却を求め、争う姿勢を示した。
  
 原告側は、2人のわいろを受け取った認識の有無が焦点とし、「現金の収受に不正な目的があったかを立証できていない」として、処分は違法と主張。一方、組合側は取材に「処分は適切だった。現金を受け取ったという第三者委員会の事実認定に基づいて、組合が処分を判断した」としている。

ゴール後も横一戦の各馬。人馬一体のクリーンな競馬で、接戦が増えている

■競馬関与停止の処分を取り消し、岐阜地裁判決=22年3月25日

 元騎手2人が、組合に処分の取り消しなどを求めた訴訟の判決で、岐阜地裁は原告1人の処分を取り消し、もう1人に110万円を支払うよう命じた。「受け取った現金を2人がわいろと認識していたとは言えない」と判断した。
  
 競馬関与停止1年の処分を受けた元騎手(39)が取り消しを求め、同6カ月の元騎手(57)は逸失利益など計約376万円の損害賠償請求に切り替えて争った。
  
 判決理由で裁判長は処分について「事実や証拠の精査をすることもなく性急に処分したと言わざるを得ず、違法」と指摘。元騎手(39)に関し「情報提供の対価と認識していたとまで認定できない」とし、組合の事情聴取に「汚いお金ではとうすうす感じていた」と述べたことにも「聴取者の誘導に迎合した可能性を否定できない」とした。
  
 また、調教師が個人的に騎手に調教を頼み、報酬を支払うといったやりとりが行われていたことを挙げ、元騎手(57)について「調教料の認識で受領した可能性は否定できない」とした。
  
 判決によると、2人は2013~18年、馬券を不正購入した調教師らからそれぞれ約10万円、1万円を受け取った。組合での処分後、2人は騎手免許を取り消された。原告側は「組合が本判決を受け入れ、真の再出発をすることを希望する」とした。
  

■処分取り消し訴訟、組合側が控訴=22年4月7日

 地方競馬組合は、原告1人の処分を取り消し、もう1人に計110万円を支払うよう命じた岐阜地裁判決を不服とし、名古屋高裁に控訴した。組合は「公営競技は公正であることを大前提として成り立っており、引き続き控訴審で正当性を主張していく」とコメントした。 


 

■騎手免許再取得の道は開かれるのか


 元騎手(39)は2年連続で騎手リーディングに輝くなど笠松競馬のトップジョッキーだった。競馬関与停止の期間は「1年」だったが、昨年4月21日の処分発表から、ちょうど1年を迎えようとしている。組合側が控訴したため、決着は先送りになったが、二審では、①控訴棄却②一審判決の取り消し③和解―などのケースが想定される。

 裁判の行方を見守るしかないが、今後「競馬関与停止処分の取り消し」が確定した場合には、騎手免許再取得への道が開かれることになるのか。前例のないことで、処分を行った競馬組合と、騎手免許を取り消したNARの対応が注目される。騎手不足でもあり、笠松で実績がある乗り役の「復帰」を願う関係者やファンは多いようだが…。

笠松競馬が設けていた「レディース専用特別席」の記念セレモニーで、来場者に花束を贈った阪上忠匡元騎手(中央)と誘導馬ハクリュウボーイ=2009年7月

■御神本騎手、宮下騎手、阪上元騎手は厩務員を経て再取得

 過去の騎手免許再取得者には、大井の御神本訓史騎手や名古屋の宮下瞳騎手らがいる。また、元笠松の阪上忠匡騎手は川崎で再取得していたが、3月に引退した。3人とも調教もこなす厩務員を経て、騎手免許を再取得した。阪上元騎手は笠松に8年間在籍し、カキツバタロイヤルやニュースターガールで重賞を8勝。名馬レジェンドハンターにも騎乗した(白銀争覇2着)。場内でのセレモニーにもよく出席し、笠松復帰を願うファンは多かったが、騎手人生に別れを告げた。

 一度引退した騎手の現役復帰へのハードルは高い。笠松の不祥事があって、NARによる騎手免許の交付は厳しくなっている。復帰するなら、まずは調教厩務員になって、競馬の仕事に携わることへの「本気度」を示した上で、騎手免許再取得に挑むことになりそうだ。

■新人デビュー、「一発試験」での合格が近道か

 「競馬場がつぶれるかもしれない」といった不安と闘いながらも、黙々と攻め馬に励んできた騎手9人。笠松を見捨てずに耐え抜いて、笠松で生き残った。レース再開後はゲートインしてゴールを目指すことにこの上ない喜びを感じている。
 
 変則開催で18、19日にもレースがあり、27日からはオグリキャップ記念シリーズに突入する。クリーンな競馬場としてしっかりと機能していくためには、適正な数の騎手と競走馬を確保して、人馬一体で土台をしっかりと支えていくことが必要だ。

 騎手不足の解消にはなお時間がかかりそうだが、新たな騎手は果たしていつデビューできるのだろうか。現状では「一発試験」での合格が近道のようにも思える。笠松競馬場にフレッシュな風を吹き込み、躍動する新人騎手らのデビューを楽しみに待ちたい。