笠松競馬場の正門前。午前7時には約500人のファンが並び、開門を待った

 ここはアイドルのライブ会場か。「名馬、名手の里 ドリームスタジアム」の愛称がある笠松競馬場のスタンドやラチ沿いが10~20代の若者らで埋まった。

 このところ、不祥事に揺れていた笠松競馬だが、時代を超えて輝き続ける「永遠のヒーロー」オグリキャップと、ゲームや漫画で人気の「ウマ娘」とのコラボ企画がようやく実現。競馬場内は雨の中、全国から集まった聖地巡礼のファンらの熱視線と温かい拍手に包まれた。
 
 4月28日に笠松の看板レース「オグリキャップ記念」、29日には芦毛馬限定の「ウマ娘シンデレラグレイ賞」が行われた。2日間にわたっての笠松競馬フィーバー。馬券をまだ買えない世代も多く来場し、競走馬と騎手の頑張りそのものにワクワク、ドキドキ。オグリキャップの聖地でのウマ娘とのコラボで、新たな「社会現象」ともいえる盛り上がりを見せた。

 ウマ娘シンデレラグレイ賞と関連イベントは、笠松競馬場を舞台に、オグリキャップのサクセスストーリーを再現した大ヒット漫画「シンデレラグレイ」にちなんだコラボ企画として実施。コロナ対策での「上限5000人」近くが来場した。

笠松競馬場の無料駐車場まで続いたウマ娘ファンらの長い行列 

■一番乗りは午前1時に来た東京の男性

 ゴールデンウイーク初日で、開門前から長い行列ができた。午前7時には、既に第2駐車場まで500人ほどが並んでおり、熱気ムンムン。

 一番乗りは東京から来場した19歳の男性で、前日のオグリキャップ記念も観戦したという。「きょうは午前1時に来ました。笠松競馬場は初めてですが、すごい人ですねえ。ウマ娘のキャラクターではゴールドシップやオグリキャップが大好きです。きのうも場内はにぎわっていて、どて煮を3店で食べ比べしましたが、味が違っていて楽しかったです」と笠松グルメも堪能したそうだ。

 午前2時には岐阜市の18歳専門学生。「まだ馬券は買えないですが、おじいちゃんの影響で競馬が好きになり、小学生の頃から競馬場に来たことがありました。ウマ娘でまた興味を持つようになって、サイレンススズカが好きです」とのことで、笠松にはサイレントシズカという4歳馬がいることを伝えた。このほか、茨城から来た27歳会社員は午前0時頃に着いて、実質一番乗りだったが、(攻め馬も行われていた)競馬場の周囲をぐるっと回って眺めていたそうだ。午前7時すぎ、行列は第2駐車場まで到達し、最後尾は遠くなるばかり。すぐに満杯になった無料の各駐車場には大阪、富山、横浜ナンバーの車もあった。

オグリキャップ像前には「ウマ娘 等身大パネル」も設置され、人気スポットになった

 競馬場関係者も「多くの人に来ていただきました」とびっくり。開門は2時間以上早めて8時20分に。コラボ企画の「オリジナルクリアうちわ」を先着1500人にプレゼント。攻め馬を9時までやっているので、スタンド前が騒がしくならないように、うちわの配布は9時すぎからにしたそうだ。 

■オグリキャップ像前に「ウマ娘 等身大パネル」、笠松グルメにも長い行列

 オグリキャップは笠松競馬場で育ち、地方・中央の高い壁に風穴をあけて駆け抜けた。競馬場廃止のピンチには里帰りし、復興の救世主にもなった。オグリキャップの銅像は笠松競馬永続の守り神であり、勇気と元気の源になるパワースポットでもある。正門を入ってすぐ出迎えてくれ、オグリキャップと宿敵タマモクロスの「ウマ娘 プリティーダービー等身大パネル」も設置され、スマホなどで記念撮影を楽しむファンが次から次へと。名鉄笠松駅からもすぐで、競馬場は初めてという多くの若者が笠松デビューを楽しんでいた。

場内の飲食店も大にぎわい。来場者は笠松名物のご当地グルメを堪能していた

 場内飲食店の「丸金食堂」「寿屋」「美津和屋」「親睦の店」も大繁盛。焼きそばや串物などが人気の笠松グルメに50人待ちなどの長い行列ができて、売り切れ続出。最終11Rのウマ娘シンデレラグレイ賞の発走が近づくと、津市から来た20歳の学生らは「馬券を買いました。ゲームのウマ娘からオグリキャップが好きになって来ました。競馬を見るのは初めてですが、楽しめています。シンデレラグレイの漫画でタマモクロスが食べていたきしめん(丸金食堂)はおいしかったです」と。応援する馬の名前や、場名「笠松競馬場」、レース名「ウマ娘シンデレラグレイ賞」が入った記念馬券も購入して楽しんだ。

 岐阜市の10代女性は「朝6時頃から並んで、レースをずっと見てました。場内では漫画でオグリが勝った時にダンス(笠松音頭)を踊っていた特設ステージなども見ました。マヤノトップガンが好きです。食べ物は焼きそばやたこ焼きがおいしかったです」とにこやかだった。

 「キャラがかわいくて」とシンデレラグレイの単行本を読むなどして、聖地巡礼で来場した20歳前後の若者ら。芦毛馬10頭が勢ぞろいしてパドックを周回し、返し馬に向かうと「カッコイイですね」、「速いですね」との声。いつもはオールドファンが陣取るパドック前も、競馬をライブ観戦するのは初めてという若者が多かった。馬券は買えない世代もレースを十分に楽しんでおり、アスリートである競走馬の迫力と美しさを体感していた。

ウマ娘シンデレラグレイ賞は、深沢杏花騎手が騎乗したヤマニンカホンが1着でゴール。大勢のファンの温かい拍手が鳴り響いた

■深沢杏花騎手騎乗のヤマニンカホンが逃げ切りV、大きな拍手

 ウマ娘シンデレラグレイ賞に出走した芦毛馬はB・C級だったが、重賞レース以上の盛り上がりを見せた。雨の中でも、熱気は最高潮。各スタンドや外ラチ沿いでは大勢のファンが熱い視線を送り、ファンファーレとともに拍手が響いた。

 注目の1番人気、深沢杏花騎手騎乗のヤマニンカホン(牝4歳、森山英雄厩舎)は出遅れたが、1周目のゴール前で先頭に立つと、スイスイと快調な逃げ。終始後続に3馬身ほどの差をつけて鮮やかに逃げ切りV。各馬が4コーナーを回って直線を向くと、「行け、行けー」「差せー」と熱い声援。ゴール後にも各馬の健闘をたたえて、笠松のレースでは聞いたことがない大きな温かい拍手に包まれ、長く20秒以上も鳴り響いた。深沢騎手と芦毛馬とのゴールシーンは、すごく絵になり「ウマ娘シンデレラグレイ賞」の初代女王に輝いた。

芦毛馬ヤマニンカホンでウマ娘シンデレラグレイ賞を制覇した深沢杏花騎手ら喜びの関係者

 装鞍所に戻ってきた深沢騎手は、口取り写真の撮影でスマイル全開。みんなから祝福を受け、ヤマニンカホンの主戦だった大原浩司騎手と一緒に喜びに浸った。「ジャンプ発走しちゃったんですけど、馬が頑張ってくれました。4コーナーを向いてから、ビジョンを見たら藤原さんの馬が来てたので、最後まで気が抜けなかったです。ファンの拍手はゴールしてから聞こえました。雨が降って先行有利だったし、これぐらいは強いと自信はあった。馬に感謝です」。管理する森山調教師に「先生、ありがとうございます」と感謝。「オグリキャップ記念より人が多くて、ファンからしたら、すごく盛り上がるレースなんだなあと思いました」と晴れやかだった。

 2着には塚本征吾騎手騎乗のメイショウイナセ(セン馬5歳、後藤佑耶厩舎)が追い込んだ。管理する後藤佑耶調教師は「(オグリキャップ孫娘の)レディアイコもいたら良かったのですが、(北海道の)佐藤牧場に帰りました」と引退が残念そうだった。6Rの「オリジナルうちわ配布記念」の3歳戦では、桜花賞馬オグリローマンの孫娘マーゴットロマンス(雌3歳、藤田正治厩舎)も出走し5着。この馬も芦毛で、来年もウマ娘シンデレラグレイ賞が開かれれば、出走するチャンスがありそうだ。

 シンデレラグレイ賞終了後には雨がやんで晴れ上がり、東の空には鮮やかな虹も浮かび上がった。コラボ企画も大成功で、笠松競馬の明るい未来への「懸け橋」となってくれることだろう。                

船橋のトーセンブルに騎乗し、1着でゴールする岡部誠騎手。オグリキャップ記念は5度目の制覇となった

■岡部誠騎手、オグリキャップ記念5度目のV

 「オグリキャップの聖地で勝つことができ、光栄です」。第31回オグリキャップ記念(SPⅠ、地方全国交流)は、岡部誠騎手が騎乗した船橋のトーセンブル(牡7歳、山中尊徳厩舎)が1番人気に応え、差し切りVを決めた。このレース、岡部騎手は通算5勝目で「ミスターオグリキャップ記念」とも呼べる活躍ぶり。笠松勢では、大原浩司騎手騎乗のウインハピネス(牡7歳、森山英雄厩舎)が3着に食い込み、地元の意地を見せた。
  
 オグリキャップはデビューから笠松競馬場で10戦、ゴールに向かって計1万1600メートルも疾走した。その同じダートコースで、スーパーホースの活躍をたたえる記念レースが2年ぶりに繰り広げられた。オグリコールが響いた中山競馬場での有馬記念と同じ2500メートルで、コースを2周する長距離戦。笠松・ラブアンバジョが出走を取り消して11頭が参戦した。

オグリキャップ記念優勝馬トーセンブルと岡部騎手ら喜びの関係者

■船橋のトーセンブルが制覇、笠松のウインハピネス3着

 1周目、浦和のタカジョー(牡4歳)が先手を奪い、2番手に兵庫のスマイルサルファー(セン馬4歳)がつけて、ゆったりとした流れ。レースはラストのスタミナ勝負で、2周目の向正面から一気に動いた。3~4コーナーでは、岡部騎手のゴーサインに応えたトーセンブルが中団から一気に先頭を奪う勢い。丸野勝虎騎手騎乗の名古屋・ウインユニファイド(牡10歳、沖田明子厩舎)とのマッチレースの様相となったが、最後は3馬身突き放して完勝。重賞は、昨年の園田・六甲盃でジンギを圧倒して以来で2勝目となった。
 
 笠松のウインハピネスは3コーナーから、大原騎手のアクションに応えて追い上げたが、前の2頭とには離されての3着。笠松では18戦連続の3着以内で、大一番でも馬券圏内は確保してくれた。向山牧騎手が騎乗したトロピカルストーム(セン馬9歳、森山英雄厩舎)は最低の11番人気だったが、最後方から4着に突っ込んで、牧さんらしい好騎乗を見せてくれた。

 昨年は名古屋・笠松両方のリーディングに輝いた岡部騎手。今年は既に123勝(4月末現在)を挙げており、全国リーディングを快走。オグリキャップ記念との相性が良く、2005年には笠松のミツアキサイレンスで初制覇。その後も10、11年に名古屋のヒシウォーシィで連覇。18年にはエンパイアペガサス(当時は浦和)で大勝。V5となった今回は、過去のレース(2500メートル戦)で最も遅い2分50秒9のタイム。昨年末以降、時計がかかる笠松の馬場傾向を物語る結果となった。

岡部騎手と花束を贈呈した安藤勝己元騎手

■3年ぶりにファンの前で表彰セレモニー、アンカツさんも登場

 一昨年はコロナ禍で無観客、昨年は一連の不祥事の逆風を受けて開催中止(第30回)となったが、今年は3年ぶりにライブ観戦のファンの前で開催され、表彰セレモニーでも盛り上がった。

 岡部騎手は「距離ロスが大きくなる外々を回るのは避けました。折り合いがついたし、いいポジションを取れた。1番人気だったんですね。すごく賢い馬で、気負うところもなく、きついコーナーもスムーズに走ってくれました。山中調教師から『出たなり』という指示だったので、馬の気分に任せて行きました。(丸野騎手のウインユニファイドと)併せ馬のようになって、いい感じで走ってくれました。年齢的な衰えは感じませんでしたし、今後も活躍してほしいです」と勝利を振り返った。

 ウイナーズサークル前に詰め掛けたファンに対して「オグリキャップの聖地で、こういう重賞レースを勝たせてもらうことをとても光栄に思っています。コロナ対策を十分にして、本場にまた足を運んでいただきたいです」と語り、喜びをかみしめていた。「笠松のレジェンド」アンカツさんは、4年前のエンパイアペガサスでのVに続いて2度目となる花束贈呈で岡部騎手の勝利を祝福した。

 この日の一番乗りは午前5時半で、10時半の開門時には300人ほどが並んだ。ネットの画面越しからも全国のファンから声援が送られ、オグリキャップ記念の1レースでは1億9300万円の馬券売り上げがあった。1日の売り上げは6億6000万円で、一昨年の8億円超えには届かなかった。9レースまで6~8頭立ての少頭数が続いたことや、同じ時間帯に浦和、園田の開催もあり、目標(8億円超)は達成できなかった。

■3着・大原騎手「力を発揮し、いい競馬はできた」

  8番手から追撃を開始して3着に入ったウインハピネスに騎乗。馬券にも絡んで地元の意地は見せた大原浩司騎手は「それなりにいい競馬ができたのでは。勝ち馬の後ろから付いていき、勝負どころでちょっと置いてかれたが、力は発揮できた」と。笠松勢では最先着で、まずまずのレースをしてくれた。

 芦毛のライジングドラゴン(牡7歳、伊藤強一厩舎)に騎乗し7着の渡辺竜也騎手は「メインですか、楽しかったです。特に何にも、見せ場があったわけでもないですし」。ペルソナデザイン(セン馬6歳、森山英雄厩舎)に騎乗し10着の深沢杏花騎手は。「長かったです。そんな距離は乗ったことないんで」。

■新たなファンを開拓、信頼回復・再生へ向けて大きな一歩

 来場したアンカツさんは、WEB予想会ライブ配信やパドック解説にも登場して盛り上げた。オグリキャップ記念では「◎ウインハピネス ○トーセンブル ▲スマイルサルファー」の3点で、笠松馬を本命に。2頭が馬券に絡んでまずまずの予想となった。

 5月の笠松開催は、オグリキャップ記念シリーズの最終日が2日にあり、その後は10~13日に鵜飼シリーズが行われる。今回、競馬組合や厩舎関係者の努力もあって、レースは大いに盛り上がった。ウマ娘とのコラボ企画では新たなファンを開拓できたし、大ヒットとなったシンデレラグレイ賞は今後もぜひ続けて、オグリキャップ記念とのセットで名物レースにしていきたい。笠松競馬はオグリキャップやアンカツさんが育った「地方競馬の聖地」でもある。そのプライドを胸に、信頼回復・再生へ向けて大きな一歩を踏み出したといえる。