2月、ベトナムとカンボジアへ海外旅行に出掛けた。朝方にアパートから空港乗り合いタクシーに乗り込み、中部国際空港までの朝焼けを見る。これから、ずっとずっと遠くに行く。私のことをだれも知らないところへ。中部国際空港から乗り継いだ羽田空港で、国際線乗り継ぎのためのトランジット時間、空港の人混みの中で君を見つけた。もちろん、それは君ではない。ただの人違いだ。そう思いながら、今君はどうしているだろうと考える。わからない。親しいようで知らない事は案外多いものだ。

 

 ベトナムでもカンボジアでも君を何度も見間違えた。長身で痩せ気味の体躯(たいく)、いつも大掴(おおづか)みに抱えた荷物、少しアクの濃い顔は、確かに日本人顔というより東南アジア顔なのかもしれない。でも、だれも私のことを知らない街で、私が夢見ている君に会うことはやけに多すぎた気がした。

撮影・三品鐘

 私の人生は全部私が作っている。それは、生活様式や人生設計、キャリアプラン、日々の衣食住のことだけではない。生きながらどんな夢を見るかも、私の記憶と愛着が作っているのだ。

 ―彼の夢を見ますか?

 はい、たまに。

 ―彼に触ったことはありますか。

 はい、人にはいえませんが、とても弱っていたときに。

 私の人生は全部私が作っている。夢を夢と切り捨てたり、都合の悪いことを無かったことにしたり、思いを断ち切ったり、思いを遂げたり、あるいはその人の幸せだけを密かに祈ったり。全部全部私がすることだ。願いの、記憶の、愛着のカスタム。そうして人はそれぞれの思いの形を作るのだろう。

 君の思いの形はずいぶん強固で、なめらかに見えてかなりとげとげしている。見えないけれど私は夢の中で見ている。さあ、もうすぐ最後のフライトだ。シンガポール空港のスモーキングルームで、煙草(たばこ)に火を付ける。煙と共に、目の前に煙草を咥(くわ)えた君が現れて、ボーディングタイムのベルがなる。焦って吸いさしを灰皿にねじ伏せると君は夢の中へ消えた。しばしお別れだ。君よ、どうかまた会う時まで、幸せに、元気で健康でいてください。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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