
JRAの若手ジョッキーには、笠松競馬場でも会うことができる。月に2レースほど「JRA交流戦」が行われており、栗東の若手を中心に3~4人が来場する。「笠松の3歳と中央未勝利」または「笠松A3組と中央1勝クラス」の特別戦として行われ、熱戦を繰り広げている。人気ジョッキーも参戦した最近のレースを振り返った。
■田口貫太騎手、笠松は庭みたいなもの
5月9日の「鵜沼宿特別」では、岐阜県岐南町出身の田口貫太騎手(20)が勝ち、今春の高松宮記念をマッドクールで勝った坂井瑠星騎手(27)が3着に踏ん張った。
田口騎手にとって、小さい頃から慣れ親しんだ笠松競馬場は「庭みたいなもの」である。自厩舎のナムラルッコラで逃げ切って1着。坂井騎手は岐阜県北方町出身の寺島良調教師が管理する1番人気ヴェルダージで3着。田口騎手と同期の河原田菜々騎手(19)は4着だった。
100勝以下のJRAの若手にとっては、交流戦での勝利も減量ジョッキー「卒業」に向けた貴重な1勝にカウントされる。地方では中央馬優勢の力関係もあって「勝利のチャンスが高い」と力が入る。未勝利馬は3歳までが地方で2勝以上、4歳以上は3勝以上でJRA復帰が可能となる。
生き残りを懸けて名古屋で2勝し、JRA復帰を果たしたマジンプロスパーは、2012年のCBC賞を勝つなど重賞戦線まで駆け上がった。「出戻り」での出世馬は数多く、長く未勝利の苦難を味わった一口馬主らの応援にも熱がこもる。

■人気の坂井瑠星騎手、叔父は笠松競馬の元騎手
坂井瑠星騎手は今年62勝でリーディング4位。昨年の7位(107勝)から躍進。170センチの長身、イケメンで女性ファンの人気も高く、笠松競馬場の外ラチ沿いには大勢の若者たちが詰め掛けて熱い視線を浴びていた。
父は南関東(大井)の元騎手・坂井英光さん(現調教師)。叔父も笠松競馬の元騎手・坂井薫人さん(大井競馬厩務員)という競馬ファミリーに育った。22年9月には鈴蘭高原特別をクロースコンバットで制し、笠松初Vを飾っている。
■地方・中央の壁を突き破ってきた笠松の人馬
ところで、地方・中央の交流戦はレースの格差が大きい。ハイレベルなダートグレード競走のほかは、JRA未勝利馬などの救済措置的なレースも多い。今でこそ盛んに行われるようになった交流戦だが、昭和の時代から笠松競馬の果たした役割は大きかった。

昭和から平成にかけて地方・中央の間にあった高くて厚い壁。それを先頭に立って突き破ってきたのが笠松競馬の人馬だった。地方馬の中央初Vは笠松のリュウアラナスで、1979年の中京「地方競馬招待競走」を制覇した。さらにオグリキャップ、オグリローマンの華麗なるオグリ一族は中央GⅠをあっさりと勝った。
■交流元年にライデンリーダー、「アンカツルール」も
そんな勢いに押されて、地方馬は地方所属のまま中央のGⅠにチャレンジできるようになった。1995年の地方・中央交流元年のヒロインとなった笠松のライデンリーダーは桜花賞など牝馬クラシック3冠レースを完走した。
アンカツさんは、いわゆる「アンカツルール」で地方騎手の中央移籍を後押し。現役で活躍している関東リーディングの戸崎圭太騎手をはじめ、内田博幸騎手や岩田康誠騎手らの移籍に道を開いた。3人は通算勝利数で1111勝のアンカツさんを超え、JRA最多勝利騎手にも輝いている。
2004年、アンカツさんに続いてJRAに移籍した小牧太騎手は、56歳で古巣の兵庫競馬への復帰を目指している。「地方→中央→地方」という日本の競馬史上初めてのチャレンジ。合格なら(19日に合否発表)21日・小倉でラストライドを迎え、中京記念でワールドリバイバル(牡6歳、牧田和弥厩舎)に騎乗するという。11年前、当時52歳だったアンカツさんが同じパターンで「笠松競馬に復帰していたら」との思いが湧いてきたが、やはり減量面で厳しかったことだろう。

■「笠松・JRA連携特区」構想も先駆け
「馬券の地方・JRA相互販売」については、以前にも「笠松ファンの『オアシス』愛馬会売店再開」の記事の中で取り上げており、その内容をもう一度紹介しよう。
全国の地方競馬はV字回復を果たしているが、2004年11月、笠松競馬の存続運動では、その後の「馬券の地方・JRA相互販売」につながる注目される動きがあった。
笠松競馬の存続を願う住民らは、笠松競馬とJRAが連携し、馬券を相互販売できるようにする規制緩和を求めて「笠松・JRA連携特区」構想を内閣府に提出した。構想では、JRAの未勝利戦と500万円以下(現1勝クラス)のレースを笠松競馬場で開催し、賞金はJRAが提供、馬券もJRAで発売できることを求めていた。提出したのは、愛馬会や笠松競馬ファンだった。
■愛馬会や笠松競馬ファンが大きな役割
地方とJRAの下級クラスでの交流戦は笠松でも行われるようになったし、12年10月からは笠松など地方競馬の馬券がJRAインターネット投票で購入できるようになった。14年10月にはJRAの馬券が購入できる「J-PLACE」が笠松競馬場とシアター恵那でもオープン。「笠松・JRA連携特区」構想が先駆けとなって、地方・中央競馬の相互交流につながったといえるだろう。いまから思えば、愛馬会や笠松競馬ファンの活動は、その後の存続を勝ち取るとともに、全国の地方競馬の復興につながる大きな役割を果たしてくれたのだった。

■ルーキー吉村誠之助騎手は笠松でも初勝利
6月19日の垂井宿特別では、3月にデビューした吉村誠之助騎手(18)が笠松初Vを飾った。兵庫競馬の名手・吉村智洋騎手の長男で、中央で9勝、地方では18勝。翌日には園田で5勝を挙げ、JRA騎手の地方での一日最多勝記録を更新。黄金ルーキーぶりを発揮した。
笠松では、未勝利だった3番人気・ビリーヴサンライズ (牝3歳)で勝ち、音無秀孝調教師らと口取り撮影を行った。「ここで(笠松)勝てて良かったです。前めで競馬をしたかったが1列後ろになった。でも馬に力がありました」と爽やかな笑顔。笠松の印象は「やはり他場と同じく、地方の競馬場という感じですね」と素直な答えだったが、初Vでとてもうれしそうだった。

■永島まなみ騎手は笠松で勝てず2着6回
2着に田口騎手が続き、マーメイドSでJRA重賞初Vを飾ったばかりの永島まなみ騎手(21)はジョーサルーテで逃げ切れずに4着だった。成長著しい永島騎手。名古屋の交流戦では3勝を挙げているが、笠松ではまだ勝利がなく2着6回、3着4回と惜敗続き。あと一歩届かないが、次のチャンスを生かして、未勝利馬との口取り写真をオーナーにもプレゼントしたい。
カンパニーなど数多くのGⅠ馬を育てた音無調教師は来年2月に定年を迎える。騎手時代の1985年には、当時28頭立てだったオークスを、21番人気・ノアノハコブネでGⅠ初勝利。枠連しかなかった時代で3枠に3頭、6枠には4頭もいたが、個人的に馬券を的中できたことは良い思い出だ。
名古屋で場外発売の馬券を買っていて、デパートの家電売り場に張り付いてテレビのレース中継を観戦していた。多頭数の牝馬で大混戦だったが、好きな数字の3枠絡みの3点流しで、3―6が入り「よし、やった」。慌ててウインズ名古屋に戻って払い戻しを受けた。ネット販売などない昭和の時代の懐かしい景色である。

■落合宿特別で「貫太・誠之助」再びワンツー
7月3日の落合宿特別では、田口貫太騎手が前走13着で4番人気のニホンピロデルマー(牝3歳、大橋勇樹厩舎)に騎乗。3番手から一気に突き抜けて圧勝。笠松では今年4勝目。2着に吉村誠之助騎手が踏ん張り「貫太・誠之助」の若手が再びワンツーを決めた。
この2人、父子二代のジョッキー(田口輝彦さん現調教師)であり、地方・中央を超越したホースマンとして良いライバル関係を築き、次世代スターとして日本の競馬界を引っ張っていってくれそうだ。
田口騎手は今年、中央では28勝でリーディング16位と躍進。関東オークスでは重賞初勝利を飾った。7月4週目から約2カ月間、フランスへ武者修行の予定だ。

■貫太騎手へ声援「オリンピックにも行くのか」
笠松でワンツーを決める前の返し馬では、2人への声援も大きかった。吉村騎手には、2番人気に推され「あとはジョッキーの腕次第だぞ」と激励。フランスへ旅立つ田口騎手は受け入れ先がパリ近郊の厩舎ということで、五輪期間とタイミングも重なる。スタンドのファンからは「貫太、オリンピックにも行くのか」といった声も飛んでいた。
ゴール前で田口騎手を応援する笠松ファンは多く、レースで最後の直線を抜け出すと「頑張れ貫太」「よし、もらった」などと熱い声援が送られた。前走不振馬でも、やはり笠松コースを得意としており「さすがは貫太だ」と改めて実感。フランスで一回り成長して、また笠松でも元気な姿を見せてほしい。
笠松競馬場でのJRA交流戦は水曜、木曜日が多く、7月は18日と31日にも開催される。出走表は3日前にNARの地方競馬情報サイトなどで発表されるので、参戦するジョッキーらをチェックしてください。
また今年のヤングジョッキーズシリーズ笠松ラウンドは10月9日に行われる。地元・笠松の3人と、JRA勢は田口貫太騎手をはじめ河原田菜々騎手、古川奈穂騎手らが参戦。兵庫勢は塩津璃菜騎手がチャレンジする。
※「オグリの里2新風編」も好評発売中

「1聖地編」に続く「2新風編」ではウマ娘ファンの熱狂ぶり、渡辺竜也騎手のヤングジョッキーズ・ファイナル進出、吹き荒れたライデン旋風など各時代の「新しい風」を追って、笠松競馬の歴史と魅力に迫った。オグリキャップの天皇賞・秋観戦記(1989年)などオグリ関連も満載。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、206ページ、1500円。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー、酒の浪漫亭、小栗孝一商店、愛馬会軽トラ市、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。
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