JRAの舞台では、初挑戦となった芝コースの高い壁に阻まれたラブミーチャン。阪神・報知杯フィリーズレビュー12着と完敗し、6連勝でストップ。笠松の名牝ライデンリーダーに続く桜花賞挑戦の夢は砕かれた。
その後、北海道・スプリントCから6連敗とスランプに陥ったが、新設されたスーパースプリントシリーズでファイナル3連覇。JRA馬を相手に東京スプリントなども制覇し、地方競馬の「最速女王」に君臨した。
■傷ついた心を癒やし、北海道遠征へ
フィリーズレビュー後は、中9日で浦和・桜花賞に登録はあったが体調不良。熱を出して、プライドが許さなかったかのように出走を回避。傷ついた心を癒やし、復活を目指して北海道遠征へと旅立った。
復帰初戦となった門別・エトワール賞(ダート1200メートル)は五十嵐冬樹騎手の手綱で単勝1.3倍の断トツ人気。持ち前のスピードで2着アンペアをアタマ差抑え、押し切った。得意のダートでは無傷の7連勝を飾った。
笠松競馬関係者は「シンデレラストーリーの第2幕」と期待。当時、場内には「競馬場のにぎわいを取り戻したい」と愛馬会売店も開設されており、ラブミーチャンのTシャツなどのグッズも並べられ、人気を集めた。
■エレーヌら「笠松ガールズ」も全国で活躍
2010年、笠松の若駒たちは「豊作」だった。ラブミーチャンのほかにも快進撃を続けるヒロインたちがいた。いずれも3歳牝馬のエレーヌ、コロニアルペガサス、プティフルリール。「笠松ガールズ」のキャッチフレーズで、各地の競馬場を転戦。水沢、佐賀の重賞ではこの3頭で1~3着を独占する快挙。笠松のレベルの高さをアピールし、全国のファンから熱い視線が注がれた。
3頭のうち注目は「センター」を務めたエレーヌで、全国の重賞レースで勝ちまくった。東海ダービーなど5連勝を含め、年間重賞勝利記録タイの8勝を挙げた。ラブミーチャンとの直接対決はなかったが、筒井勇介騎手は「バネが抜群にいい。地方の3歳馬では敵なし。勝利を重ねて笠松競馬を盛り上げたい」と中央馬との対戦も期待していたが、9月に門別のレースで完敗した後、笠松の厩舎で心不全により急死した。
■2度目の挫折、エトワール賞Vから1年以上勝てず
一方、ラブミーチャンはエトワール賞では何とか逃げ切ったが、最後は息切れ気味で、アンペアの急襲にヒヤリとした。そして、ここから勝てない日々が1年以上続いた。
スランプに陥ったラブミーチャン。デビューしてフィリーズレビューまで激動の5カ月間。シンデレラは先輩ライデンリーダーの背中を追うように、急坂の階段を猛スピードで駆け上がったが、桜花賞の権利は取れず。やはりサウスヴィグラス産駒はダートの短距離馬で、芝コースは苦手だったのだ。
ラブミーチャンにとって、JRA所属馬としてデビュー戦を迎えられなかったのが最初の挫折。そして笠松に移籍。全日本2歳優駿VとNAR年度代表馬の栄光をつかんだ後、桜花賞にできなかったのが2度目の挫折。エトワール賞は地力の差で何とか勝ったが、夏以降は勝利から遠ざかった。
■芝に再挑戦、函館スプリントSしんがり負け
ダートグレードの北海道スプリントC(JpnⅢ、1200メートル)ではJRA古馬勢と初対決。ラストの直線で踏ん張り切れず3着に終わり、ダートコースでの連勝は7でストップした。勝ったミリオンディスク(蛯名正義騎手)とは6馬身差だったが、地方馬ではただ一頭、掲示板を確保した。
中央芝コースへの夢を捨てきれないラブミーチャン。7月には函館スプリントS(GⅢ、1200メートル)に浜口楠彦騎手で再挑戦。デビューから10戦目。初めてハナを奪えず、芝への適性を欠き、やはり失速。勝ったワンカラット(藤岡佑介騎手)から2秒9差しんがり負け。このレース以降、芝は諦めてダートに専念することになった。
■笠松グランプリ「出番です看板娘」
北海道遠征後の夏場は放牧に出され、10月中旬、地元・笠松に帰ってきた。「出番です看板娘、競馬場を元気に」と秋のビッグレースである笠松グランプリに参戦した。
笠松競馬を取り巻く経済的環境が厳しさを増す中、馬券販売アップにはスターホースの存在が欠かせない。この年、中央、地方ともに「競馬不況」で笠松競馬も馬券発売額は前年度比91.5%。レース賞金や騎手手当が大幅カットされる可能性があり、経営改善とともに魅力あるレース編成が急務となり、人気、実力ともに頼もしい「アイドル」の復活が待たれていた。
注目のレースは地元大将格・マルヨフェニックス(尾島徹騎手)が豪快な差し脚で優勝した。ラブミーチャン(浜口楠彦騎手)は大きな出遅れが響き、4着だった。1番人気のマルヨフェニックスは最後方から追い上げ、直線の伸び脚鋭く圧勝した。2着に名古屋のキングスゾーン。ラブミーチャンは第3コーナーから追い上げたが4着どまり。この日の馬券販売額は、ラブミーチャン人気もあって、約1億7400万円と大幅に増えた。 当時はJRAネット投票がまだなく、他の馬券ネット販売もそれほど普及しておらず。この数字が精いっぱいだった。
2010年、笠松競馬の最優秀馬には、3歳のラブミーチャンとエレーヌ、4歳以上ではマルヨフェニックスが選ばれた。
続く兵庫ゴールドトロフィー、名古屋・かきつばた記念が3着。浦和・さきたま杯が6着とダートグレードで勝てず。まさかの6連敗で、4歳になって「2歳女王&年度代表馬」の輝きを完全に失っていた。柳江調教師によると「裂蹄や気性面などさまざまな問題を抱えていた」という。
■「東日本大震災復興支援」へラブミーチャングッズオークション
2011年4月には「東日本大震災復興支援」として、ラブミーチャングッズのチャリティーオークションが笠松競馬場で開かれた。「競馬を通じ、少しでも被災した人々や動物などの役に立ちたい」と馬主の小林祥晃さん、柳江仁調教師、浜口楠彦騎手らが主催した
オークションにはラブミーチャンのファンら約130人が集まった。全日本2歳優駿を勝ったレースの手綱やトレードマークにもなっているメンコなど28点が出品された。兵庫ゴールドトロフィー出走時に使用した浜口騎手のサイン入りゼッケンに人気が集まり、2万円の高値が付いた。売上金は総額13万8800円になり、日本赤十字社を通じて東日本大震災の被災地に届けられた。
■名古屋でら馬スプリントで1年1カ月ぶり復活V
2歳女王の低迷は続いていたが、救いの光が差し込んだ。復活を期すラブミーチャンにとって得意のスプリント戦で、競走距離1000メートル以下のスーパースプリントシリーズ(SSS)が新設されたのだ。全国でトライアル5戦と、各優勝馬らによるファイナルの計6戦を実施。究極のスピードレースで夏場の地方競馬を盛り上げた。
距離800メートルの電撃戦で火花を散らした「名古屋でら馬スプリント」では約1年ぶりの勝利を目指した。浜口騎手騎乗のラブミーチャンは46秒4のレコードタイムで圧勝。門別・エトワール賞以来、1年1カ月ぶりの復活Vとなった。2、3着は名古屋勢のニシノコンサフォス、キングスゾーン。
単勝2番人気のラブミーチャンは、好スタートで先頭に立つと、楽な手応えで3、4コーナーを回り、前走レコード勝ちのニシノコンサフォスを突き放し、4馬身差で逃げ切った。浜口騎手は「久々の勝利で気分は最高です。スタートが良く、道中や直線でも楽だった」と快勝に満面の笑みだった。
■習志野きらっとスプリントV、輝きを取り戻した
地方競馬の短距離最速王を決めるファイナル「第1回習志野きらっとスプリント」(ダート1000メートル)は7月、船橋競馬場で開催され、ラブミーチャンが浜口騎手の手綱に応えて2番手から鮮やかに差し切り、初代王者に輝いた。
単勝2番人気。好スタートを切り、ジーエスライカーを追走。4コーナーで並びかけると、直線で力強く抜け出して1馬身半差の1着ゴール。浜口騎手の好騎乗が光った。柳江調教師は「4歳になって大人になったレース内容。逃げだけでなく2番手からひと踏ん張りし、動けた」と成長ぶりを喜んだ。浜口騎手も「速くて強かった」と愛馬をたたえた。
得意のスプリント戦で輝きを取り戻したラブミーチャン。「お父さんのサウスヴィグラスが大井のJBCスプリントを勝ったのが7歳。彼女も奥手なのか、良かったのは4歳時にスーパースプリントシリーズができたこと。3歳時のつらさから、よみがえった」と分析していたのは馬主のDr.コパさん。牝馬では珍しい大器晩成型で、舞い込んだ幸運を生かして「笠松の快速娘」復活につなげることができたのだ。
■最高タイム、南関勢を相手に女傑ぶりを発揮
スーパースプリントは結果的に「ラブミーチャンのために創設された」ようなシリーズとなった。5歳、6歳時にも名古屋でら馬とファイナル・習志野きらっとを圧勝し、堂々の3連覇を達成。天性のスプリンターとして本領を発揮した。
「ワンターンに駆ける」スーパースプリントはダート路線の改革に伴い、昨年でシリーズとしては役目を終えた。ラブミーチャン以外のファイナル連覇は2019、20年のノブワイルド(浦和)のみ。ラブミーチャン3連覇は快速娘らしい輝かしい光を放った。
習志野きらっとスプリント自体は引き続き、今年も実施された。過去14回の走破タイムの最高は、12年のラブミーチャンで58秒2。2位と3位のタイムも彼女がたたき出しており、本当にすごいことだ。その後はコパノフィーリング(船橋)など南関東4場の馬たちが全て勝っており、東海勢のラブミーチャンは、南関勢を相手に女傑ぶりを発揮したのだった。
1200メートル戦では5歳時にダートグレードの東京盃(JpnⅡ)、6歳時には東京スプリント(JpnⅡ)、ラストランとなった盛岡・クラスターカップ(JpnⅢ)でもJRA勢を撃破して制覇。ダート1200メートル以下では16戦12勝。そのダッシュ力とスピードは地方競馬史上最強で、笠松競馬が生んだ「最速女王」として、未来に語り継いでいきたい名牝である。(次回「全国14場で疾走、笠松競馬存続けん引」に続く)
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「1聖地編」に続く「2新風編」ではウマ娘ファンの熱狂ぶり、渡辺竜也騎手のヤングジョッキーズ・ファイナル進出、吹き荒れたライデン旋風など各時代の「新しい風」を追って、笠松競馬の歴史と魅力に迫った。オグリキャップの天皇賞・秋観戦記(1989年)などオグリ関連も満載。
林秀行(ハヤヒデ)著、A5判カラー、206ページ、1500円。岐阜新聞社発行。笠松競馬場内・丸金食堂、ふらっと笠松(名鉄笠松駅)、ホース・ファクトリー、酒の浪漫亭、小栗孝一商店、愛馬会軽トラ市、岐阜市内・近郊の書店、岐阜新聞社出版室などで発売。
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