
「素晴らしい雰囲気でした」。笠松競馬の渡辺竜也騎手(24)が2月3日、NARグランプリ2024表彰式(都内ホテル)の華やかなステージに出席。ジョッキータイトル3部門のうちの「最優秀勝率騎手賞」のトロフィーを手にした。東海勢では初めてとなる「1冠奪取」の栄誉に輝き、晴れやかな表情で笠松に帰ってきた。
今夏、笠松競馬場では馬場改修などが行われ、レースは2カ月間も開催されない。このため渡辺騎手は遠征先での短期騎乗に意欲を示しており、ジョッキー人生での一つのターニングポイントにもなりそうだ。昨年末、笠松グランプリをストリーム(北海道・田中淳司厩舎)で勝ったことで、その手腕への評価も高まっている。吉原寛人騎手(金沢)のように各地を飛び回る「重賞ハンター」を目指して全国区での活躍も期待したい。

■騎乗技術が高く、美しいフォームで馬をよく動かす
NARグランプリ表彰式は、地方競馬で活躍したアスリートたちをたたえる祭典。ジョッキー表彰で3人目に登壇した渡辺騎手。ジャパンカップ2着のロツキータイガー(船橋)に騎乗した名手・桑島孝春さん(NAR参与)からトロフィーが贈られた。日頃のレースでは「Ⅴ字の勝負服姿」で躍動する渡辺騎手だが、この日はスーツ姿でのりりしい表情で、騎乗技術の高さが評価される最優秀勝率騎手賞の栄誉を受けた。レースでは騎乗馬に負担をかけない美しいフォームを心掛け、その追いっぷりは手綱のしごき方がしなやかで、馬をよく動かして勝利に導いている。
デビュー2年目の「優秀新人騎手賞」、2023年の「ベストフェアプレイ賞」に続く3度目のNARグランプリ受賞。「勝利回数」の森泰斗騎手(船橋、引退)、「賞金収得」の笹川翼騎手(大井)らと共に晴れの舞台に立った。「勝率」部門で35.3%という断トツの数字をたたき出し堂々の受賞。笠松育ちのスタージョッキーとして頼もしい姿を見せてくれた。

■NARグランプリ表彰式には「また頑張って行きたい」
表彰式から3日後の笠松最終レース。この日の渡辺騎手は珍しく4連敗。最高勝率男がまさか「手ぶら」で帰ることはないだろうと思っていたが、5戦目に勝って気分良く装鞍所に戻ってきた。
「NARの表彰式、格好良くて一段といい男だったよ」とたたえて感想を聞くと、「目標にしてきたステージで雰囲気が素晴らしく、すごく良かったですよ。また頑張ってあの場に行きたいですね」と喜びを語った。
■JRAへも「挑戦しないことには始まらない」
笹野先生が「渡辺騎手に負けないように。JRAで一緒に勝ちたい」と中央志向もあることについて、笠松の若大将は「そうですね。挑戦しないことには始まらないですから」と強力タッグでの新たなチャレンジに前を向いた。現状、自厩舎にJRAへ参戦できる有力馬は見当たらないが、2歳認定競走勝ちを収めればチャンスは広がる。
渡辺騎手が2回騎乗した認定馬メイプルギン(伊藤強一厩舎)とは再挑戦もありそうで「まずは中央に遠征して、チャンスがあれば頑張りたいです」と闘志満々だ。渡辺騎手自身、JRA初勝利を飾ったメイプルタピットとは相性抜群。3勝クラスに上がっても後方待機策から4着に追い込んだ。かつて笠松在籍のままJRAで年間55勝も挙げたアンカツさんのように「笠松発、中央行き切符」の夢は広がるばかりだ。

■騎乗機会8連勝「自信を持って乗れるなと」
渡辺騎手は昨年、全国リーディングでも6位まで躍進し、地方を代表するトップジョッキーへの階段を着実に上っている。関係者約250人が出席したNARグランプリのステージでもインタビューに答えた。
東海勢では初のタイトル受賞について「ずっと1年間、この賞を目標に頑張ってきたので、それを取れてうれしいです。岐阜新聞の記者さんに、自分の勝率が高いことを聞いて目標にしようと思っていました。先生方にたくさん良い馬に乗せていただいて、そのおかげです」。騎乗機会8連勝については「連勝が始まったくらいから自信を持って乗れるなと思った。馬が頑張ってくれましたね」と愛馬たちにも感謝した。
地方競馬通算1000勝の達成について「笹川翼さんの1000勝最速記録(南関東)を目標にしていたのですが、それに及ばなかったので2000勝ではもっと早く頑張りたい」。京都でのJRA初勝利については「中学生の頃から祖父と競馬を見ていたので、その舞台で勝ち星を取れたのは自信になりました。今後も中央に挑戦したい。昨年は目標が多く、いろいろと達成させてもらった。目の前の1勝1勝を追い掛けながら新しい目標を立てられれば」とさらなる飛躍を誓った。
■全国の調教師さんからのラブコール待ち
重賞はデビュー以来13勝で、そのうち5勝を昨年挙げた。他場ではこれまで6勝と勝率が高く、園田クイーンセレクション2勝を含め兵庫で3勝。金沢で2勝、名古屋で1勝。他地区の有力馬で地元重賞に挑むことも増えてきた。「他場へも積極的に行きたいですね」と意欲を見せ「お昼寝をしていて起きたら、田中淳司先生から騎乗依頼のメールが届いていた」という笠松グランプリ制覇のストリームの時のように、寝ながらでも全国の調教師さんからのラブコールを待っている。
史上初の地方競馬全14場重賞制覇を達成し「さすらいの重賞ハンター」「重賞Ⅴ請負人」とも呼ばれる吉原寛人騎手(金沢)は憧れの存在だ。渡辺騎手自身も各地の重賞戦線で「Ⅴ請負人」として騎乗依頼を受け、勝利を挙げて「笠松に渡辺竜也あり」を力強くアピールしていきたい。オグリキャップやアンカツさんを生んだ「地方競馬の聖地・笠松」復活への足掛かりとなる活躍をファンは期待している。

■宮下瞳騎手に優秀女性騎手賞、特別賞「笠松遠征増えた」
笠松での活躍も目立つ愛知の宮下瞳騎手(47)=宇都英樹厩舎=はNARグランプリの優秀女性騎手賞(2年ぶり14回目)と特別賞に輝いた。昨春に女性騎手では初めての黄綬褒章受章の栄誉を受けたことに加え、116勝と自己最高の成績が評価された。「大きなけがもなく、良い馬にたくさん乗せていただいた。笠松に遠征する機会も増え、騎乗数が多くなり、1勝1勝積み重ねていきたい。JRAの女性騎手たちが頑張っている姿を見てパワーをもらっています」と刺激を受け、ママさんパワーも健在。最優秀新人騎手賞は金沢の加藤翔馬騎手(19)が受賞した。昨年、全国で112勝を挙げ「師匠である父と同じ賞を取れてうれしい」と喜んだ。

■「栗毛のシンデレラ」ラブミーチャン、特別表彰馬の栄誉
NARグランプリの特別表彰馬にはラブミーチャンが選ばれ、地方競馬の発展に顕著な功績があった馬として表彰され、活躍がたたえられた。
他馬を寄せ付けない天性のダッシュ力とスピード。デビューから5連勝で全日本2歳優駿を制覇。NARグランプリ史上初となる2歳馬での年度代表馬に選出された。中央馬など強豪を相手にダートグレード5勝の快挙。09年、12年に年度代表馬に選ばれるなどNARグランプリ9冠から特別表彰馬の栄誉。みんなから愛された栗毛のシンデレラ。2024年8月31日に永眠。たくさんの思い出をありがとう―。
オグリの里では昨秋、ラブミーチャン追悼特集として5回にわたって「栗毛のシンデレラ」を連載した。NARグランプリの表彰式での紹介でもこの言葉が使われ、うれしく感じた。
■コパさん「笠松所属で中央の馬をやっつけに行こうと」
馬主の小林祥晃さんが登壇。「Dr.コパです。2009年の年度代表馬として初めて受賞しました。あの頃、地方競馬は大変でした。笠松所属で中央の馬をやっつけに行こうと夢を持ち、何回かは勝たせてもらいましたが、やはり中央ダートの牡馬は強いなと思いました」

「ラブミーチャンは昨年亡くなりました。繁殖牝馬としては、あまり優秀な子どもを残していないですが、コパノリッキーとの間に男の子がおりまして『プライベート種馬』をつくりました。その産駒がデビューした折には、両方の背中を知っている地方競馬の騎手でした森泰斗君が調教師になりそうなんで、彼のところに馬を持っていって、もう1回夢を見たいです」
地方競馬の経営が苦しい時代に「笠松の看板娘」として先頭に立って全国重賞を駆け回ったラブミーチャン。地方競馬の存続と再興につなげた功績がたたえられた。冠レースのラブミーチャン記念が笠松で毎年開かれており、栗毛のシンデレラの輝きは永遠に語り継がれていく。
■1000勝最速は岩田康誠騎手で、渡辺騎手は3位
ここからは1000勝最速記録について深掘りしてみたい。勝率全国トップだった渡辺騎手。初騎乗日からは2812日目で1000勝を達成した。地方競馬最速記録(1973年以降)は、岩田康誠騎手(兵庫時代)の2422日目である。笹川翼騎手(大井)の2784日は2位で、南関東では最速だった。渡辺騎手の記録は3位だが、2021年に笠松開催が8カ月も休止となり、騎乗数が激減して達成は遅れた。通算2000勝はトップが岩田騎手の3963日目で、2位は笹川騎手の4119日目である。

南関東、兵庫勢に比べてレースの開催日数が少ない笠松の騎手。昨年は笹川騎手が1445戦に対して渡辺騎手は689戦と半分以下だった。勝利数の積み上げには名古屋遠征を増やし、有力馬に多く騎乗することが求められる。ただ渡辺騎手のように連日約30頭の攻め馬をこなして、名古屋遠征にも参戦するのは体力的に厳しく、過労から落馬事故などにもつながる。15分刻みで1時間に4頭。深夜0時から朝8時まで懸命に励む姿には頭が下がる思いだ。
笠松では調教時の落馬によるけがで戦線離脱となる騎手が目立っており、悪循環を招く恐れがある。名古屋の騎手は笠松所属馬への騎乗依頼は多いが、調教まで手が回らない。笠松レギュラーは9人から増えたがまだ14人。地方競馬では20人所属が適正規模とされ、笠松の騎手不足は慢性的で相変わらず解消されていない。今春の新人騎手デビューはなさそうだが、他場に比べて多く騎乗できるメリットは大きく、ファンもフレッシュな風を待ち望んでいる。
■騎乗数では田原真二騎手(益田)トップ、岩田康誠騎手は13位
1000勝到達の最速記録を「日数」だけでなく「デビュー戦から何戦目に達成したか」という「騎乗数」で比較してみるとどうか。渡辺騎手の1000勝は5234戦目に対して、笹川騎手は9568戦目で意外と遅かった。全国トップは一体誰なのか。ネット上では検索できず、NARに聞いたところ、歴代1位は益田時代の田原真二騎手(1981~97年在籍)と判明。何と3936戦目でのハイスピードで1000勝に到達していた(通算2157勝、勝率26.7%)。渡辺騎手は歴代10位。日数で最速の岩田康誠騎手は騎乗数5334戦目で13位だった。騎手数など各競馬場特有のローカル色も影響したとみられる。
ジョッキー3冠には「勝利回数」のタイトルもあり、全国トップは300勝を超えることも多い。東海勢は塚本征吾騎手のように名古屋、笠松で乗りまくれば1位の可能性はあるが、騎手不足の笠松勢は調教からハードで体力が続かない。「収得賞金」は南関東勢が上位を占め、渡辺騎手の地方競馬での収得賞金は昨年24位(勝利数100位までの騎手)。269勝の笹川騎手が12億1972万円に対して、245勝の渡辺騎手は2億4351万円で約5分の1である。渡辺騎手には騎乗数が少なくても獲得の可能性が高い「最優秀勝率」を毎年続けてほしいものだ。西日本勢優勢で山口勲騎手(佐賀)が7年連続、赤岡修次騎手(高知)は4年連続で獲得した。

■900勝から1000勝まで4カ月で達成、大谷選手のような爆発力
渡辺騎手が「最優秀勝率」奪取を決定づけたのは「年内は難しい」と思われた900勝から1000勝までの100勝をわずか4カ月で達成。爆発的なパワーを発揮したことにあった。
昨年8月14日、デビュー戦から4999戦目で通算900勝を達成。秋以降、勝率のタイトルを強く意識し始めて猛スパート。12月13日、通算1000勝達成は5234戦目だった。6連勝、7連勝の固め打ちもあって白星を量産。猛暑、残暑とともに「夏男パワー」は全開。この4カ月間は235戦100勝で勝率42.6%と驚異的な数字を刻んだ。笠松での年間最多勝記録を3年連続で更新し、200勝超えも果たした。
9月20日、メジャーの大谷翔平選手が3連発を含む6打数6安打2盗塁10打点で前人未到の「50-50」を達成した。これに渡辺騎手も刺激を受けたかのような爆発力で大ブレーク。水沢遠征で勝利を挙げた後、笠松1開催で21戦16勝と圧巻の成績。1日に7戦6勝で「6の6の大谷級だね」と最終レース後に声を掛けたことがあった。勝率2位の宮川実騎手(高知)らの動向はチェック済みで「やっぱり全国1位になることはいいですね」とにこやかな表情からも好調ぶりが伝わってきた。
「渡辺1強」ともいえる昨年の笠松競馬だったが、8月に復帰した筒井勇介騎手が今年は既に23勝を挙げ、スロースターターの渡辺騎手は17勝(2月14日現在)。2019、20年には2年連続で笠松リーディングに輝いた筒井騎手が一歩リードする展開で「リーディング返り咲き」に燃えており、渡辺騎手も「負けられない」と刺激を受けている。
■イチロー選手(オリックス時代)の生涯打率「.353」と同じ数字
新刊「オグリの里3熱狂編」では、「アンカツさん『通算勝率』全国トップ(地方競馬)」の記事を掲載している。通算3000勝以上を挙げた騎手38人の勝率一覧表も掲載。笠松時代のアンカツさんは3353勝、勝率23.5%で重賞を198勝。連対率は全国でただ一人4割超えで「地方競馬最強ジョッキー」として紹介。現役では赤岡修次騎手が22.5%で3位。地方復帰の小牧太騎手(兵庫)は22.4%で4位。ちなみにプロ野球の個人通算打率では(4000打席以上)イチロー選手(オリックス時代)が3割5分3厘で1位。この数字、昨年の渡辺騎手の勝率35.3%とピタリ同じだった。
渡辺騎手はデビュー以来の勝率は通算19.2%。今後長く続くジョッキーライフの中で、笠松育ちのレジェンドであるアンカツさんの通算勝率を超えることも期待したい。

■おそろいのⅤ字勝負服の塚本征吾騎手はリーディング快走
渡辺騎手とおそろいのⅤ字勝負服の塚本征吾騎手(20)=名古屋、桜井今朝利厩舎=の騎乗数は昨年、1581回と全国の地方騎手で最多。このうち笠松で569回騎乗し78勝とリーディング3位。今年1月には地方騎手最速(初騎乗日から1367日)で通算500勝も達成しており、今の勢いなら1000勝にも最速記録で到達しそうだ。
21年4月デビューでNARグランプリ優秀新人騎手賞を受賞。昨年は笠松に移籍していたアイドルホースのハルオーブにも騎乗し、ファンの熱い視線を浴びた。5年目の今年は39勝(2月13日現在)で東海リーディング1位。全国リーディングでも1、2位を争い快走している。
渡辺騎手と共に参戦した佐々木竹見カップでは9着、1着で総合2位と気を吐いた。「道中の折り合いなど勉強になるものがたくさんあった。これを生かして名古屋、笠松でもっと勝っていきたい」と若さで体力勝負。総合優勝は9度目出場の吉原寛人騎手で悲願を達成した。
ジョッキー戦は各地のリーディングが参戦することが多い。地方競馬最強騎手を決める「ジョッキーズチャンピオンシップ」総合Ⅴから、札幌「ワールドオールスタージョッキーズ」挑戦も、記録男・渡辺騎手ならいつか実現してくれそうだ。前身のワールドスーパージョッキーズシリーズでは、1997年に笠松時代の川原正一騎手が2勝を挙げて総合Vに輝いている。
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