記者が自作した「塹壕ラジオ」。岐阜放送の送信所近くでラジオ番組を聴いた=本巣郡北方町

 昭和の頃、子どもたちを夢中にさせた工作がある。ラジオだ。いまは安価な既製品が手に入り、インターネット経由で全国のラジオ番組が手軽に楽しめるが、電波に乗せて届けられる声や音楽を自分の手でキャッチしようと、子どもたちが試行錯誤を重ねながらラジオを自作していた時代があった。それは電源のいらない不思議なラジオ。どんなラジオだったのだろう。「こどもの日」を前に、記者も自作に挑戦。岐阜放送のラジオ番組が聴けるか試してみた。

◆米兵使用、工作キットとしても普及

 古株のラジオファンに知られるアーティスト小林健二氏の著書「ぼくらの鉱石ラジオ」などによると、ラジオ放送は古いようで、その開始から1世紀ほどの歴史しかない。日本では1925(大正14)年に東京で始まった。放送局が飛ばした電波をキャッチして聴く仕組みだが、初期の頃の受信機は自然界の鉱石で検波する「鉱石ラジオ」と呼ばれるものだった。

 そして、第2次世界大戦中、米兵がこれを応用。鉱石の代わりにカミソリの刃と鉛筆の芯を使う簡易版の受信機を手作りし、戦地でラジオ番組を楽しんでいたという。ともに電源のいらないラジオで、後者の簡易版は塹壕(ざんごう)の中で聴いていたことから「塹壕ラジオ」と呼ばれている。

 こうしたラジオは簡単に作れることから、日本では昭和の半ば、子ども向けの工作キットが普及。少年科学雑誌などでも盛んに特集されていたようだ。

◆ホームセンターで材料調達、作ってみた

 さて、歴史のトレースはそこまでとして、何でも既製品で済ませてきた30代後半の文系記者がラジオの自作に挑戦だ。簡単そうな塹壕ラジオを作ってみる。動画投稿サイト「YouTube」で作り方を紹介している人もいる。

 構造はシンプルで、銅のエナメル線をぐるぐると巻いたコイル、火であぶって酸化させたカミソリ(カッター)の刃、鉛筆を取り付けた安全ピンを、それぞれ配線し、電波を拾うアンテナと地面に接触させるアースもエナメル線で作って取り付ける。アンテナは、エナメル線の束を高い位置につるしておくだけで機能するようだ。ホームセンターで入手できるものばかりだが、イヤホンは「クリスタルイヤホン」というものでないと聴けないため、注意が必要だ。

◆送信所の近くで「聞こえた」感動

 何度か失敗を繰り返しながらも、どうにか形に。イヤホンを耳に付ける。……ん? ジーッという音。室内だからか、マイクがノイズを拾う時のような音がする。何らかの電波を拾っているようだが、ラジオ番組は聞こえない。

 調べると、送信所の近くなら聞こえる確率が高まるよう。そこで岐阜放送の送信所に近い本巣郡北方町の自然公園で再度試すと、おお! 音量は小さいが何やら話し声が聞こえる。午後の番組「きょうもラジオは!? 2時6時」だ。小学生が作文を朗読している。将来、陸上選手と看護師になるため、日々頑張っているという。8月には岐阜市で郷ひろみさんのライブがあるらしい。原理までは理解できなかったが、確かにラジオ番組が聴けた!

 自作は得られる感動の度合いが大きい。昭和の高度経済成長期、日本を「ものづくり大国」へと導いた原動力は、そうした子どもたちの感動が原点にあったのかもしれない。