いけすで出荷を待つ養殖モロコ。手のひらに取ってもらうと元気に飛び跳ねた=3月7日、養老郡養老町下笠、川次商店

 いけすの中を泳ぐ小魚の群れ。すくった手の上で、踊るように飛び跳ねた。出荷を前にした養殖モロコが、井戸水にさらされている。

 「モロコは腹が柔らかで、傷むと割れてしまう」。創業53年の川魚問屋「川次(かわじ)商店」(岐阜県養老郡養老町下笠)の水谷真教代表(57)は、鮮度にひときわ気を使う。

 昨年9月から今年2月にかけて、生きたまま大阪府と奈良県の養殖池から約6トン分を仕入れた。「氷じめ」で運ばれる夏場に対し、「生かし」で届く冬場は生きのよさから、より人気がある。「生を自分で炊きたいからと愛知県の津島や弥富から買いに来る人もおるね」

 

 「おちょぼさん」の名で親しまれる海津市平田町の千代保稲荷の参道に並ぶ川魚料理店に卸すほか、自前でも甘露煮にしてスーパーや市場に販売する。「昔ながらの味で炊かなあかん。それが万人受けするんや」という創業者の父悦次さんの教えを守り、良質の調味料を使う。

 30年ほど前までは、周囲の池や川で捕れた天然ものを使った。「この辺も漁師が何十人とおったからね」。巨大な牛乳瓶のような漁具を朝に50~60本仕掛け、夕方に引き揚げに行った。

 揖斐川を挟んだ海津市海津町の古老の漁師もまた、かつて水郷風景の中でモロコを捕った。堀田と呼ばれた土盛りした田んぼの周囲の水路「堀つぶれ」に無数にいた。生えた藻が隠れ家で、産卵場だった。「5月になると腹がポンポンの子持ちになって、おいしいんやなも」。桜の開花を前にした3月初旬には、独特の模様の「サクラモロコ」を揖斐川で捕まえた。

 だが、土地改良で堀つぶれは埋め立てられ、川の藻も失われていった。「今は産むとこがないわ」。魚食性の強い特定外来生物のオオクチバスが本支流や池に放たれたことで、いよいよ天然モロコは消えつつある。漁師たちは、わずかに残る漁場を互いに内緒にする。

 それでも、甘露煮をのせた箱ずしが神社の祭りのごちそうだった地域だけに、今も需要は根強い。川次商店が扱う川魚ではウナギ、鮎に次ぐ人気で、養殖ものが素朴な伝統の味を支える。年配者だけでなく、ジャコやシラスの感覚で子ども向けに若い世代が買い求めていく。

 「海のない県で昔から食べられてきた郷土料理。後世に残したいね」。炊き上がった甘露煮を前に、水谷さんは力を込めた。