外出自粛中の5月が、初夏の光にまみれて見えなくなりそうだ。

 春をすっ飛ばして、初夏は突然にやってくる。白いTシャツの腕を布団にからめて起き上がって、急な寒暖差にまだすこし冷えている足首をふらふらと揺らし、立ち上がるとキッチンの水道からコップに水を汲(く)んで一気に飲みほす。季節があたたかくなるとき、水は飲むだけでうれしい。じわじわと喉が湿ってよろこんでいる。5月の光はどこまでもまばゆい。このあかるさを、まぶたのうらがわにちらちらとまばたく、あたたかい赤い血管を、きみに告げたい。

 どうして生きているというだけで、こんなくるおしいのでしょうね。

 明日も生きているという確信もないのにわたしたちは寝てしまうけれど、起きたら昨日のわたしが、変わらず今日もまたわたしを生きている。こころが愛しいきみと入れ替わることもなく、相も変わらずきみは今煙草(たばこ)を吸いながら乱雑に日々を始めるのだろうな、なんて妄想に胸を熱くしながら。

(撮影・三品鐘)

 てのひらをひろげると5本、指が意思に合わせて動いて、トーストを焼き、甘いコーヒーを淹(い)れる。そうしているあいだに届いた一通のメールを、スマホの上でふわりと弾きながら、こうして家の中にいて指1本で関係をつなげることも断てることもするこころにあらためて気づく。わたしが生きているなんて究極、意味ないですよ。なのにわたしは性懲りもなく生きているんです。こころとからだという、淡い、軽い、たよりないものを揺らしながら。そして、迷った時は自分を自分で揺らして、旗のようにきみに声を振っているのです。

 感覚を信じなさい。こんな簡単に揺れてしまうきみ自身を。こころとからだという、この軽くて淡いものを、性懲りも無くずうずうしいほどにこの場に置いてみせなさい。

 こんなときだからこそ、感情より感覚を信じなさい。まぶたのうらがわでちらちらとひかるそのあたたかさを、もう一度きちんと自分のものにしてみせなさい。


 岐阜市出身の歌人野口あや子さんによる、エッセー「身にあまるものたちへ」の連載。短歌の領域にとどまらず、音楽と融合した朗読ライブ、身体表現を試みた写真歌集の出版など多角的な活動に取り組む野口さんが、独自の感性で身辺をとらえて言葉を紡ぐ。写真家三品鐘さんの写真で、その作品世界を広げる。

 のぐち・あやこ 1987年、岐阜市生まれ。「幻桃」「未来」短歌会会員。2006年、「カシスドロップ」で第49回短歌研究新人賞。08年、岐阜市芸術文化奨励賞。10年、第1歌集「くびすじの欠片」で第54回現代歌人協会賞。作歌のほか、音楽などの他ジャンルと朗読活動もする。名古屋市在住。

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