室町、戦国時代にあった岐阜県加茂郡坂祝町の城跡で、木曽川を見下ろす標高265メートルの山頂にあります。現在は猿啄城跡として展望台が整備されています。

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 坂祝町郷土史研究会編集の「猿啄城史」によると、猿啄城は猿喰城、根尾山城、猿飛城、猿尾山城、勝山城などさまざまな呼ばれ方をしてきました。地名や城主の変遷に伴うものとみられています。猿啄城史は「一つの城がこれほどの名称をもっていることは他にあまり類例をみないのである」としています。

 さて、肝心の由来です。山は木曽川沿いの岩石が露出した急峻(しゅん)な場所にあります。そもそも「啄」は「ついばむ」や「たたく、またその『こつこつ』という音」との意味があります。急な岩壁を野猿が飛び交い、木々に実ったエサを食べる光景-。かつてはそんな山の上にそびえる城だったのかもしれません。

【答え】さるばみじょう