光と音で鮎を追い込む安藤さん親子の舟。竿で水面をたたくと水しぶきが上がった=16日、岐阜市の長良川

 船べりに据えたLED(発光ダイオード)の強烈な光が、増水した川の底までくっきりと照らし出す。「カッカッカッ」。竹竿(ざお)を突き音を響かせると、若鮎が矢のように水中を走った。

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 「鮎は地べたを動く『沈み魚』。それが強い光やと浮くんや」

 6月の岐阜市の長良川。梅雨入りで高い水位が続く。そんな漁ができないような水かさでも漁獲が狙える漁法がある。安藤淳二さん(82)=岐阜市=が三男の尚三さん(49)と手がける「中猟(ちゅうろう)網漁」で、親子は漁に出るたび、せいろ4~5枚分を捕っては天然鮎の市場を支える。

 一般的な網漁の「夜川網」が、川を横切るように網を張ってから追い立てるのに対し、「中猟網」は浮かした長さ40メートルの網を円弧状に流し、流れに乗りながら網に追い込んでいく。

 深い淵、山の陰、岸辺の木陰、沈床……。居場所は、季節や水量、月の位置などで日々異なり、勘と経験がものを言うが、時の運も左右する。「『たまるも中猟、たまらんのも中猟』いうて、おらん時は何べんやっても掛からへん」

 淳二さんは鵜匠の家が連なる右岸の堤内の一角で育った。漁師だった祖父三代吉(みよし)は、鵜飼の時季は観覧船の船頭で、冬場は中朝国境の鴨緑江(アムノック川)へ筏(いかだ)流しの出稼ぎに出た。

 父親の由雄(よしお)も大工の傍ら魚を捕った。夜中でも「水がええで付いてくか?」と幼少の淳二さんを起こしては、夜川網漁へ連れ出した。鵜飼漁に対し、「小漁(こりょう)」と呼ばれた周辺の漁師が捕る鮎は、味や形の良さ、手早く内臓を抜くことで保たれる高い鮮度が料理人に愛された。

 安藤さんが舟を着ける土場は鵜舟の隣で、漁をする場所も鵜飼と競合する。漁師の多かった頃は、鵜を網に掛けてしまうトラブルも起きたという。「遠くから見に来てもらっとるで、邪魔したらあかん」と鵜飼の時は遠巻きに見守るが、遠く離れたかがり火で動く鮎を待ち受けることもある。「鵜飼に助けてもらっとる」

 長く長良川を見続けてきただけに、その変化を嘆く。長良川河口堰(ぜき)の完成後、鮎は減り、春のウグイ、夏のウルリと食卓にのった季節の雑魚は軒並み姿を消した。工事で淵が埋められたり、コケを育む石が失われたことも大きいとみる。「魚の居着く場所がなくなった」

 それでも川は楽しいという。「昔からやってきた漁。存続させたい」と願う尚三さんとともに、また夜の川に通う。